まんが 医学の歴史



本書は,臨床医,かつ漫画家である茨木保先生による医学通史である.

「まえがき」や「目次」は下記のリンクで読めるので,関心のある方はぜひどうぞ.


さて,僕が思うに,もっともたいくつな歴史書は,年代順に出来事を陳述したものであろう.

そこに,生きる死者の営みはなく,あくまでもかつて生きた死者の面影だけが記されている.

書いた本人は客観的事実を記したつもりかもしれないが,読むほうはなかなか辛いものだ.

では,どういう歴史書を面白いと感じるのだろうか?

僕の感度で言えば,少なくとも,先人たちの問題設定が汲みとれていること,どのように問題設定を克服しようとしたのかが明示されていること,今日的意義が言及されていること,の3点が条件に含まれるように思う.

そうした観点から本書を捉え返すと,かなりの高水準で歴史を描き出せているように思う.

たとえば,第6話では,解剖学の夜明けと題して,ヴェサリウスを取りあげているのだが,彼が設定した問題(中世ヨーロッパを経て絶対的権威と化したガレノスの克服)とその克服法(徹底した人体解剖と解剖学の名著の執筆),そして今日的意義(解剖学の基礎を築いた)まで実にダイナミックに取り出している.

このような歴史書をマンガも使いながら書ききった著者の歴史観をうかがえる文章がある.

『稠密に敷き詰められた無名の人々の生命の連鎖』,その生命1つひとつに織り込まれた『らせん』,それこそが歴史の本質です(p162)

『記憶』の断片が,人の中に『真実』を作ります.記憶の連鎖が『歴史』を作ります. …中略… 人の心の中の真実というのはきっとそんなものでしょう.歴史の本質というものも,きっとそんなものだと思います(p324)

僕はこれを読んで,著者は歴史の客観的事実を記すことは不可能で,だからこそ歴史を描く者は自らの観点から歴史を紡ぎだしていくしかない,という透徹した歴史観で挑んだと推察することができた.

ちょっと乱暴な言い方だが,そんな歴史観の著者が書いた医学通史が面白くないわけがない.

というのも,上記のような歴史観で歴史書を書くには,過去の記録を丹念に読み解くだけでなく,ときに「えいやっ!」という思いきりも必要になるため,読者からすればまるでアクロバットを見ているようなドキドキ感を味わいながら理屈を追うことになるからだ.

実際,僕は途中で読書を中断することができず,結局一気に通読してしまった.

そして,その思いを表現したく,こうしてブログに読書感想まで書いてしまっている^^;.

欲を言えば,中世ヨーロッパの医学が持つ歴史的意義をもう少しすくいだすことにチャレンジしてみてほしかった(p27ではガレノスが悪魔の絵になっている(笑)).

哲学でもそうだが,だいたい「中世」というと悪口で,ときに「暗黒時代」とさえ呼ぶこともある.

確かに,「中世」はいまいちな感じがするのだが,「近代」の爆発的な深化を生みだす素地を作ったという点から突っこめば再評価のとっかかりがあるように,私は思う.

しかし,中世ヨーロッパ医学の扱い方は,本書の評価を下げるものではなく,それは僕のないものねだりと言うものだろう.

医療を築き上げた先人たちの足跡と,現代に生きる僕たち医療者の未来を考えたい方はぜひどうぞです.