蝉取り

朝から文献読解に精を出し,「疲れたなぁ」と思っているところに,「ぱぱ,蝉鳴いてるからとりにいこうぜぇ」 と,息子(2歳10か月)からの誘い.

「疲れたときは虫取りに限る」とばかりに,いそいそと虫取り道具一式を準備し,昼から夕方にかけて燦々と太陽が照りつけるなか蝉取りにいそしんだ.

言い出しっぺの息子は大喜びで,とった蝉をうれしそうに持って遊びつくしていた.

面白いなぁと思ったのは,蝉をスコップ代りにして穴を掘っていたことw

これは大人じゃ絶対考えつかない遊びだと思った.

あとは,顔の上をはわしたり,服の中に入れたり,などなど.

次々と遊びをダイナミックに組み立てていく息子の様子を見ていて,創発的効果によって作業は組み立てられるというキールホフナーの議論を思い出した.

こんな即興的でローカルな作業にも妥当する説明を提供する人間作業モデルは,やはり相当なもんだと思った.

同時に,ここでの蝉取り作業が,人間作業モデルによって説明できるということは,この作業(蝉取り)を治療的に用いることも理屈上は可能になるわけで, 我らが作業療法の可能性にも蝉を追いかけながら想いはせるのであった.

「弟(0歳)に見せたい」ということで,家に持って帰ってきたのはいいけども,さっき虫かごをのぞいてみたらすでに蝉は死んでいた.

諸行無常である.

時間を見つけて,蝉のお墓を作りにいこう.

これも「作業」だ.