膿は出しきれるのか?

最近,大相撲が何かとお騒がせである.

あまり見ないTVをときどき見ると,「相撲界をよくするためには,これを機に徹底的に膿を出しきるべきだ」という論調が多数を占めているように思う.

果たしてそんなことはできるか?

膿を出しきるという発想は,膿をスタティックなものとして捉えている場合に生まれてくると思う.

もし,こうした捉え方が大相撲の問題を的確に把握したものであれば,まるで風船から水を搾りだすかのごとく,相撲界から膿を出しきることができるだろう.

しかし,(限られた情報源で考えてみる限りにおいて)相撲界の膿は,相撲界という構造それ自体から生まれきているように思えてならない.

つまり,相撲界自体が膿を自己生成する形式を備えているのではないか,という推察である.

こう推察する理由は,(これも限られた情報源からで心もとないが)相撲界が過去にも同型の問題をいくつか引き起こしている点に求められる.

もし,相撲界の膿が別々の風船にたまった水のように独立したものであれば,過去から現在の諸々の膿に共通する産道はないわけだから,同型の問題が時代を越えて繰りかえし起こる理由をうまく説明できなくなるように思う.

もちろん,偶然そうなったと言う人もいるかもしれないが,偶然にしては同型の問題が起こりすぎではないか.

なので,僕には,相撲界という構造それ自体が膿を生みだしている側面がある,と考えたほうが合理的なように思えるのだ.

そうすると,かりに今言われているようなやり方(たとえば,外部から理事を招く,抜き打ち検査を実施する,透明性を担保するなど)で徹底的に膿を出しきることはできるのだろうか.

結論を言えば,おそらく無理なような気がします.

監視の目が厳しくなるぶん,もしかしたら殺人事件のような大問題は起こりにくくはなるかもしれないが,大麻問題や八百長問題程度の不祥事なら変わらず起こりつづける,と僕は思う.

問題が明るみになりやすくなったという点で,相撲界は良くなったと思う人もでてくるかもしれないが,不祥事が目につきやすくなった相撲界に相撲ファンの失望を増すばかりであろう.

では,どうすればいいか?

本気で徹底的に膿を出しきりたければ,一度相撲界を完全解体する必要があると思う.

これはもちろん,プロレスみたいに新団体を設立する,というようなやり方ではない(この方法はプロレス界という枠組みそれ自体を解体しませんからね).

ここで言う完全解体とは,K-1からN-5(なんじゃそれ?)へみたいな感じで,現存の相撲界の構造をイッサイガッサイ断ちきって,何から何までぜんぜん違うものにしてしまう,ということである.

もし,相撲界の構造が膿を生みだしていると仮定し,そのうえで徹底的に膿を出しきるというならば,それぐらいやんないと駄目でしょう.

でも,そうして出来あがったものは,相撲なの???

たとえるなら,かりに相撲界が「巨漢+土俵+肉弾戦⊆相撲」という構造を含むならば,「細身+畳+頭脳戦⊆相撲」という構造に変換するようなものだからだ(ちょっと言いすぎ?^^;).

後者はどう考えても長年の伝統を背負い,多くのファンを惹きつけてきた相撲じゃないよね(笑).

それに,もし本当にそうなってしまうと,またいろいろと面倒な問題がでてきそうな気がする.

なので,何かの事情があって相撲(界)を跡形もなく消しさりたいと思わない限り,間違っても「相撲界を良くするために,徹底的に膿を出しきる」なんて乱暴なことはしない方がいいのだ.

もし,相撲の存続を望むならば,もう少し寛容な態度で,このどうしようもなくダメダメでグズグズな相撲界を受け流していく必要があるだろう.

それはもちろん,違法なことを容認しましょう,という意味ではない.

違法なことがあれば,さしあたり法に準拠して粛々と対応していけばよい.

しかし,そのことと,相撲界の膿を徹底的に出しきることは,ぜんぜん違う次元の問題なのである.

現在流布している「膿出し原理主義」は,主張がシンプルだし,正義の御旗のもとにあると錯覚しやすいからジレンマを感じにくいかもしれないけども,実は相撲界の寿命を短くしかねないものなのだ.

ちなみに,僕はせいぜいyhaooニュースなどで相撲の勝敗をチラ見する程度なので,あってもなくても別に困らないのですが.