講演メモ 「どのような医療を『よい』と言えるのか」

◆ 日時:平成20年11月16日(日)13:00~13:40

◆ 場所:社会医学技術学院

◆ 講師:京極 真(社会医学技術学院 作業療法学科)

◆ スライドや配布資料などを一切使わず講演したことから,複数の参加者から概要をネットなどで見れるようにしてほしいと言われました。一般向けにわかりやすく話したので,専門家からみれば多少議論が荒いと思われる箇所もあると思いますが,要望にお応えして講演で話した内容を記憶を頼りに書き起こし,若干加筆修正したものをブログで公開いたします。当日の講演に参加してくださったすべての方に感謝いたします。

◆ 概要

おそらく,多くの国民は「よい医療」を受けたいと思っているし,医療者たちは「よい医療」を提供したいと思っているはずだ。

しかし,現代医療は,医療崩壊の問題や,後期高齢者医療制度,リハビリ日数制限などの医療システム上の問題など,難題が山積みになっていて,かなり大変なことになっている。

多くの人が「よい医療」を期待しているのに,どうしてそれがちゃんと提供されがたいのだろうか?

私はいくつかの研究を通して,医療の設計図(設計思想)に大きな問題があり,「よい医療」を構想できなくなっている,と考えている。

おそらく,患者・国民・医療者・官僚などの関係者が相互承認可能な「よい医療」の構想を提示し,持続可能な「よい医療」を創出するという課題は,根本的なテーマであるはずだ。

この課題に取りく組むためにはまず,よい医療とはどのような医療なのか,を,医療の一番根っこで規定している設計図から検討しなおす必要がある。

今回は,設計図を2つの次元から考えてみる。

ひとつは医療の基本的枠組み,ふたつめは医療の規範的枠組み,である。

前者の代表的なものとして「モダン医療」と「ポストモダン医療」というものがある。

端的に言うと,モダン医療では医療者の専門的知識を活かして医療を提供していく。

他方,ポストモダン医療では患者の自律性を尊重して医療を提供していく。

手術や薬物療法など,現代医療を発展させる原動力となったのはモダン医療であり,私たちはこれまでその恩恵を多分に受けてきたのは疑いようがないだろう。

しかし,たとえば手術拒否する患者を医学的に見たら利益があるからと言ってなかば強引に手術したり,がんを根治するために重大な副作用を軽視して抗がん剤を投与するような事態が多発し,多くの人たちのあいだでモダン医療に対する反省が深刻化した。

そこで,患者の主体性,自律性を尊重したポストモダン医療が立ち現れてきた。

患者中心の医療,インフォームドコンセント,ナラティブ・ベイスト・メディスンなどが,ポストモダン医療の代表的な実践法である。

ところが,これもなかには行きすぎた実践が生じ,たとえば,患者の言うことさえ聞いていればそれでよい,という極端なスタンスを引きこむことになった。

ポストモダン医療の「極」では,医療者が医療で責任を果たさず患者に判断を丸投げするような事態を起こすようになった。

ここで,モダン医療とポストモダン医療を組み合わせればいいと思う人もいるだろうが,現状の理論構造のままでは両者は共約不可能な関係であるため,タイミングが合えばうまくかみあうこともあるものの,基本的には構造的に対立する関係にある。

つまり,モダン医療とポストモダン医療は,両方とも必要なはずなのに,いちばんの根っこで「ゴツン!」とぶつかる不幸な関係にあるのだ。

現代医療は,ポストモダン医療が主流になりつつあるものの,一部ではモダン医療への揺り返しも起こりつつある。

しかし,上述したように,どちらを選んでも最終的にはどうも上手くいかないのではないか,と考えられるのである。

次が医療の規範的枠く組みについてである。

医療の規範的枠組みにはいくつもあって,結論から言えばどの設計図を採用するかによって「よい医療」の内実が変わるのが現状である。

今回は,その代表的なものとして義務論,功利主義,徳倫理を取り上げたいと思う。

義務論の代表的論者にはカントがいて,正しい道徳原則を重視する立場である。

正しい道徳原則には,たとえば「患者に嘘をつくな」「患者に害を与えるな」などがある。

義務論にはいくつかの立場はあるものの,おおつかみに言えば「よい医療とは正しい道徳原則にかなう治療を提供することである」と答えることができると考えられる。

一見すると,妥当な見解のように思われるものの,たとえば正しい道徳原則の正当性はどうやって担保するのか,という問題があり,原理的に考えれば行きづまってしまう難点がある。

次に功利主義について。

功利主義の代表的論者はミルであり,最大多数の最大幸福を重視する立場である。

ここから方向性を大きく言ってしまえば,マジョリティーの幸福が最大化すれば,それがよい医療である,というのが功利主義的な医療観であると考えられる。

功利主義的なよい医療観は,多くの人たちの実感にフィットするものではないだろうか。

しかし,これにも問題があって,ここでは1つだけ言うと,この観点からはマイノリティーの幸福が犠牲にされる恐れがある。

最近,「弱者切り捨て」というフレーズを耳にすることがあると思うが,極端に言えばこの観点からは不幸な弱者が少数派で,かつ多数派が幸福あればさしあたり「よい」と答える者が出てくるおそれもあるのだ。

最後に徳倫理についてだが,古くはアリストテレスのころからある考え方である。

現代医療の徳倫理の直接的ルーツはアリストテレスではないが,ようするにこれは徳のある人格,あるいは有徳な人格を尊重する立場である。

この立場では,人格的に徳のない者は,徳のある人格を持つ人の行為をまねるよう勧めたりすることになる。

つまり,徳倫理の立場からおおつかみに言えば,有徳な人格を備える医療者が行う臨床行為,あるいはそれを模倣した臨床行為を提供することが,よい医療である,というような視点を生みだすことになると考えられる。

徳倫理はなかなか面白いと思うのだが,しかし,やはりこれにも問題がある。

たとえば,有徳な人格ってどうやって原理上担保するのか,という問題にこたえようとすると,現状の理路では原理的に行きづまってしまうと考えられる。

以上をまとめれば,医療にはさまざまな規範的枠組みがあるものの,それぞれに構造上の問題があることから,どの立場から攻めても「どのような医療がよいと言えるのか」という問いに対する構想(解答)を相互了解できるかたちで示すのが難しいと言えるだろう。

では,どうすればいいのか?

これまでさまざまな論文で論証してきたが,私自身はこの問題を構造上解消するには西條剛央の構造構成主義が最も有力なツールとして応用できるだろうと考えている。

西條の構造構成主義は,上述してきた医療の基本的枠組みと規範的枠組みのすべてを「関心相関性」という中核原理を通して媒介することができる,という特徴がある。

つまり,構造構成主義の立場にたてば,対立したり,矛盾したりするそれぞれの枠組みはすべて,関心に応じて選択・評価され,実践へと投入されていくことになるのだ。

しかし,この説明を詳述しはじめると,講演のテーマである「どのような医療を『よい』と言えるのか」からそれてしまうおそれがあることと,やはりちょっと込み入った議論が必要になることから,詳細な論証は論文にゆずり,ここではさしあたり構造構成主義(原理的思考)を徹底させたなかか見出された「どのような医療がよい医療なのか」という問いに対する私なりの解答だけを示しておこう。

構造構成主義の立場から言えば,どのような医療がよいと言えるのかはすべて関心に応じて規定されることになる。

しかし,どのような関心でもよいというわけではなく,関心の妥当性を原理的に検討できるようにしておく必要がある。

端的に言えば,医療における関心の妥当性は,原理的に考えていけば,①相互承認可能な関心か,②関心はよい生の実質化に向けられているか,を,基準にして検討することができるはずだ。

この観点から言えば,たとえば後期高齢者医療制度は,「医療費を抑制する」という関心から編まれた医療制度だが,この関心ははたして相互了解できるようなものか,またこの関心は高齢者のよい生を実質化できるようなものか,という2点から検討することができる。

後期高齢者医療制度がスタートしてからの顛末を見てもわかるように,おそらく答えは「No」であろう。

つまり,この医療制度は「よい医療」を構想しうるものにはなりえないのである。

もし,上記の観点から高齢者にとって「よい医療」を提供しようとしていれば,現行の後期高齢者医療制度とは異なってもう少しまともなものが編まれていたはずだ。

さて,いろいろと論じてきたが,最後にまとめ的なことを言うと,現代医療はさまざまな矛盾対立を抱え,「どのような医療がよいのか」を明確に構想できなくなっている。

これはおそらく,了解できる問題意識だと思われる。

そこで,私たちは,医療の根本にある設計図から問い直し,新しく考えなおす必要があるのではないか,そしてどのような方向性であれば持続可能な「よい医療」になりうるのか,その構想を提示し続ける必要があるのではないか,というのが私の考えである。

◆ 参考文献

京極 真:「よい医療」とはどのような医療か(準備中)

京極 真:Quality of Lifeに対する構造構成主義的見解(印刷中)

京極 真:超メタ理論としての構造構成主義-「原理」を把握する「方法」の設計思想.看護学雑誌72(5),440-444,2008

京極 真:現代医療で克服すべき課題とは?.看護学雑誌72(4),340-344,2008

京極 真:構造構成的医療論の構想-次世代医療の原理.構造構成主義研究1, 104-127,2007

京極 真:構造構成的医療論(SCHC)とその実践-構造構成主義で未来の医療はこう変わる.看護学雑誌71,698-704,2007

西條剛央:構造構成主義とは何か,次世代人間科学の原理.北大路書房,2005

Tom L. Beauchamp TL, Childress JF: Principles of Biomedical Ethics 6th. Oxford Univ Pr, 2008

苫野一徳:構造構成主義による教育学のアポリアの解消-教育学研究のメタ方法論.構造構成主義研究2,88-110,2008

苫野一徳:どのような教育が「よい」教育か,ヘーゲル哲学の教育学メタ方法論への援用.RATIO第5号,218-264,2008