忙しいの意味を考える

想定していた以上に,とても忙しい3月を過ごしています.

このまま4月に突入するかと思うと,元来ぐずぐずの僕は身震いしちゃいます.

僕は学生のころ,学校の先生って暇そうでいいなぁと思っていたものですが,あれはまるきり勘違いでした^^;

みなさん,学校の先生は実に忙しい!のです.

さて,忙しいさなか,「忙しい」の意味について考えていました.

少し含蓄のある説明としては,心が亡くなると書いて「忙しい」という字になりますから,忙しいとは心が失われている状態だ,あるいは心にゆとりがなくなっている状態だ,というものがあるように思います.

しかし,そう捉えると,心を亡くしてしまうような状態にストレスを感じ,さらに現状を忙しく受けとってしまうという「ネガティブフィードバック」がかかってしまうのではないでしょうか.

でも,少し違う角度から考えると,この言葉には「多くの用事があるときは,心を亡くした方がダメージが少ないぜっ!」という先人の知恵が込められているのではないか,と解釈できるように思います.

たとえば,めちゃくちゃ仕事が詰まっているときに,いちいち誠心誠意やっていたら身も心ももちませんよね.

最悪の場合,過労死しちゃいます.

せっかく生まれてきたのに,そんな死に方はやっぱりちょっと不幸です.

だけども,仕事がたくさんあるときに,できるだけ心を亡くして対応することができれば,身も心もボロボロになるまで働くことはおそらくない,と思いませんか?

心を亡くして働いているわけですから,誠心誠意やっているときよりも責任感や役割意識にしばられて,無茶苦茶な無理をしないようになるはずですから.

つまり,適当なサジ加減で課題を終えることができる.

もちろん,これは無責任な仕事態度を意味しません.

そうではなく,仕事にほころびがでないよう配慮しながら,消耗しないようにわざと「心を亡くす」のです.

多くの課題があるときに,そのすべてに対して誠心誠意やっていたらボロボロになります.

それは企業にとっても労働力が削がれる事態を意味しますので,あえて心を亡くすことは労働者にとっても企業にとっても決してマイナスにはならないはずです.

だから,課題がいっぱいあるときは,「さぁ,いっちょ忙しくなるか♪」とか適当に言って,心を亡くすモードにきりかえてこなしていけばいいんじゃないか,と忙しさに奔走されながら考えておりました.

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