どのような国を作りたいのか

行政刷新会議による事業仕分けでは,科学技術開発につぎ込む税金を「無駄」と判定するケースが相次いでいます。

また,若手研究者を支援する学振も切り捨てられようとしています。

なぜこういうことが起こるのでしょうか?

研究の有用性や妥当性は,いつかくるであろう未来によって担保されています。

「現時点においてこの研究は,海のものとも山のものともわからない。だけど,私はこの研究テーマがおそらく将来的に有益な知見や技術の開発につながると思うから研究する」という観点から行うのが研究です。

もし,現時点でその研究の有用性や妥当性が明らかであるならば,そもそもそのテーマで研究なんかする必要はありません。

事業仕分けに関わる方たちは,まずこの点をまるっきり勘違いしているのではないでしょうか。

そしてもっとこれは重要なことですが,報道で見ている限りにおいて,現在の事業仕分けは目先の財政論に追われていて,長期的な視点から「どのような国を作りたいのか」というビジョンがまったく認められない,という点が問題ではないかと思います。

研究というのは,いつかくる将来に対する投資です。

しかも,その将来というのは「いつ」のことかわかりません。

つまり,研究の有用性や妥当性が花開くのは,1年後なのか,10年後なのか,100年後なのか,1000年後なのか,それは誰にもわからない。

だから,研究への投資の価値を適切に図るためには,非常に長期的な視点に立った国家ビジョンが必要であり,それがなければ不可能です。

そもそも,政治家というのは,理念として理想とする国家ビジョンがあって選挙に立ち,有権者に選ばれているはずです。

事業仕分けは,表むきは政治主導で行われています(実体は財務省がコントロールしているように見えますが)。

ということは,何らかの国家ビジョンに基づいて事業仕分けされているはずです。

でも,長期的な展望からのみ価値を妥当に図りうる研究を無駄だと判断して切り捨てるということは,残念ながら長期的な国家ビジョンを持った方が事業仕分けにたずさわっておられないということではないか,とへそ曲がりな僕は勘繰りたくなります。

日本のように資源がない国は,知的財産と人材(研究者)をとことん豊かにしなければ,今後の繁栄はありえません。

政権には目先の財政論を追い回すのみではなく,長期的な展望から必要な投資を行うことを期待したいです。

【既刊情報】