はじまりは,おわりのはじまり

最近になって「ロストジェネレーション」という概念を知りました.

ロストジェネレーションとは1973~1982年に生まれた世代のことです.

僕は1976年生まれですからドンピシャです.

さて,「ロストジェネレーション─さまよう2000万人」という本では,「彼ら,彼女らは,日本人がもっとも豊かな時代に生まれたと言ってもいいだろ う.だが,高校や大学を卒業して社会に出たとき,戦後最長の経済停滞期にあたったのがこの世代の『不幸』だった」と述べられています.

この文章を読んだとき,「あぁ,なるほど」と思いました.

僕は作業療法士になれたこともあり,就職氷河期の直撃弾にあうこともなければ,ある程度努力が報われる世界に身を置くこともできました.

これはとてもラッキーなことでした.

しかしそれでもなお,努力だけではどうにもならない壁のようなものも,ずっと感じ続けています.

その壁というのは,僕にとってははじまりのはずなのに,なぜか全体としての流れは終わりがはじまったような,あるいは,希望を胸に飛びだしたはずなのにいつの間にか沈みつつある船に乗りこんでしまったような,そういう言いしれない感度です.

上記の文章で「なるほど」と合点がいったのは,「ロストジェネレーション」という観点を知れたことによって,こうした感度が成立していた条件のひとつに,世の中の大きな構造上の問題もからんでいたのだ,という見方を妥当たらしめることができたからなんだと思います.

そう言えば,生まれてはじめて読みあさった哲学書はマルクスの「資本論」でした.

高校卒業後,受験浪人していたときのことです.

当時の僕が「資本論」に衝撃を受けたのも,既に崩壊したバブルによって明るい未来を素朴に描けなくなった社会情勢と,受験浪人という不安定なポジションが背景にあったのだろうなぁ,と思いました.

もちろん,経済の停滞だけがロストジェネレーションを生みだしたわけではないだろうと思いますし,安易な世代論に与するつもりもありません.

しかし,明るい未来が描けない社会を少しでも改善していきたい.

僕はそう思います.

さて,本当に失われたものは何だろうか?

そして,そこから本当に生みだされたものは何なのでしょうか?

その答えは・・・

【新刊情報】