早わかり!?構造構成主義その2

では、構造構成主義ではどうして信念の問いなおしや、考えかたの異なる人々のあいだでも通じるエッセンスの提案を行うのでしょうか?

これは、西條の『構造構成主義とは何か』でも書いてあるように、信念対立を克服するためですね。

じゃ、なんで信念対立は解いたほうがいいのか?

これについては、いろいろな論文でさまざまな論じかたがされていますけども、医療保健福祉領域にしぼりこんでわかりやすく言ってしまえば、めっちゃ傷つくんですよ、あらゆることが。

これは、信念対立の具体例を紹介するのが早いですね(もちろん、個人や組織が特定できないように改変しています)。
  • Aさん 「臨床家であればできるだけ良質なセラピーを提供したいと考えると思います。だけど、経営側はそんなことぜんぜん考えていなくて、この前なんか『○○療法しても完治した障害者なんて一人もいないんだから効果なんて期待していない。だから、ひとりでも多くの障害者を診てとにかく稼ぎなさい。病院が潰れたら君たちも困るだろう』と言われました。そりゃ大げんかですよ。○○療法をナメんじゃねーぞ、と。同じように言われていた☆☆療法士たちも同調してくれて、関係する部署のスタッフ全員が同時に退職しました」
僕が信念対立といったとき、その先にあるのは上記のような光景です。

この例で示した信念対立は、病院経営に関わる人たちは「利益重視」という信念を、Aさんたちスタッフは「セラピーの質の重視」という信念を、それぞれが疑義の余地がないぐらい正当化しています。

そうした信念がまともにぶつかると、お互いがすんごく気持ち悪くなりますし、けっきょく臨床そのものが壊れてしまいました。

どっちの信念もパーですし、臨床現場そのものもおじゃんです。

そして、この例で最大の被害者は患者さんたちです。

もちろん、患者さんたちと医療者のあいだで悲惨な信念対立が起こることも少なくありません。

だから、「患者さんのために」という論法は、こと信念対立に関してはいえません。

しいて言えば、医療に関わる人びとのために、って感じですかね。

さて、構造構成主義の営みは、信念の問いなおしによって、疑問の余地すらなくなった信念の検証を行うのです。

つまり、構成された信念から絶対性を引きぬいてしまう。

それにより、ひとそれぞれのそれぞれ性を認めあえる余地を開こうとする。

次に、異なる信念をもつ者どうしでも、建設的にコラボレーションできるよう事柄のエッセンスを抽出して提案しようとするわけです。

つまり、異質な人たちでもわかりあえる土台を置くことを狙う。

それにより、信念対立の克服が少しでもできるよう狙うわけです。

こうした構造構成主義の営みを医療保健福祉領域に特化したかたちで方法論的に拡張しつつあるのが、僕の研究です。

いま、もうすこし使いやすいかたちで体系化しつつありますから、関心のあるかたはもうしばしお待ちあれ♪

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