早わかり!?構造構成主義その1

「構造構成主義の営みが難しくてよくわからない」というかたに、ときどき出会うことがあります。

大ざっぱに言えば、構造構成主義の営みは(1)信念の問いなおし、(2)エッセンスの提案です。

信念というのは、知らず知らずのうちに絶対化してしまっている事物です。

たとえば、医療者のなかで「患者さんに嘘ついちゃいけないよ」と言われて反論する人はなかなかいないと思いますが、こんな感じで疑いの余地なくなりたっているようなことが、信念とよばれています。

構造構成主義ではまず、そうした信念を問いなおしていく営みが行われます。

つまり、上記のように言われたら、構造構成主義者の頭のなかでは「『患者さんに嘘ついちゃいけないよ』っていう信念がなりたつのはどういうときだろう?」、「この信念がなりたたないときはどういうときだろう?」、「そもそも嘘ってなんじゃらほい?」、「いけないってどういう理由でいけないって言えるんのじゃ?」などの疑問がもたげてくるわけです。

ほとんど嘘ですけども、だから構造構成主義者に「世間の常識は○○なんだから、それに従いなさい」って言おうものなら、「そもそもその言い分が成立したりしなかったりする条件ってものがあるだろう」「世間の本質は何なのじゃ?」「常識ってなんだよ?」「○○が通じる諸条件って何ジャイ」などと考えだしかねないし、もしかしたら「いろいろ考えたところ、世間も常識もみんなあなたの錯覚じゃないかなぁ」などと言いだしかねないので、よい子のみんなはやめてこうね(笑)

さて、本題に戻りますが、ようするに信念を、その内側から確かめるようにして考えていくわけですね。

それによって、むりくりな諸条件がなければ成り立たないような信念だったったらおおぜいが納得するような諸条件に編みかえる、信念が成立する諸条件が不明だったらおおぜいが納得できるような諸条件を取りだす、そもそもその信念がおかしいってことになればおかしな信念にかわる研ぎすまされた構造を作る、などの営みが必要に応じて行われることになります。

これが、(2)のエッセンスの提案にあたる営みです。

つまり、おおぜいが腑に落ちるようなものになるよういろいろ試みるわけです。

たとえば、上記の信念であれば、それがなりたたないときってあるんかいなと考えてみる。

すると、たとえば、真実をそのまま伝えると患者さんが後で自殺する可能性が高いとか、家族から「患者さん本人が真実を知るとショックが大きすぎるから言わないでほしい。病前は本人もそう言っていた」と懇願されているときとか、いろいろ検討していくうちに、成り立たない諸条件ってありそうだけども意外にけっこう限られていそうだぞ、と考えにいたるわけです。

逆に、患者さん本人が真実を知っても自殺する可能性が低いとか、真実を知りたくないという明確な意思表示をしていないときとか、真実を言うことが患者さんを大きく傷つけるおそれがないときとか、などと考えているうちに、この信念って成立する場面って成立しない場面よりもいろいろあるんじゃないか、と思いいたるわけですね。

(ざっと書いただけなので不十分ですが)信念の問いなおしによってここまでわかっただけでも、上記の信念が絶対化されて、通り一遍に押し通されるおそれはずいぶんなくなります。

もちろん、他にも、「そもそも嘘ってなんじゃらほい?」、「いけないってどういう理由でいけないって言えるんのじゃ?」などなど、関連するテーマについて内側から検討し、よりおおぜいが腑に落ちるかたちになるよう検討していくわけです。

そうこうしているうちに、「基本は嘘ついちゃいけない。だけども、それぞれの状況とか患者さんや家族の想いとか、医療者として何ができるのかとか、いろいろ考えながら本当のことを言うようにしなきゃな。ナイーブに正直であればいいって訳じゃないよね。昔の人は『嘘も方便』とかってうまいこというよなぁ」などの考えにいたるわけです。

そして、こういう考えにいたったら、「患者さんに嘘ついちゃいけないよ」って何の疑問もなく言われるよりも、「そりゃそうだわ」っておおぜの人が納得しやすくなるかなぁ、って思いながら示すことになります。

それで駄目なら、もう一回考えなおす。

いろいろ書いてきましたが、ちょっと大ざっぱですけども、構造構成主義の営みがよくわからない人は、(1)信念の問いなおし、(2)エッセンスの提案を、構造構成主義者はやろうとしてるんだなって理解しておけば、大きく外すことはないでしょう。

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