尖閣諸島ビデオ流出問題の問い方

ジャーナリストの上杉隆さんのインターネットラジオ放送を聞いて部分的に「なるほど!」と思うところがあったので、そこから考えたことを書き記しておきます。
http://podcast.tbsradio.jp/kirakira/files/20101109_pate_uesugi.mp3
尖閣諸島ビデオ流出事件では、東京地検がさっそうと乗りだし、googleからIPアドレスを押収し、投稿された場所の特定がされる等、いつになく迅速にことが動いています。
「国家機密を漏洩したんだから逮捕されて当然だ」と普通は思うかもしれませんが、一概にそうは言えません。
注意すべきは、尖閣諸島のビデオを流出した人は逮捕されて当然と思う方は、政府の関心を知らず知らずのうちに自身で共有しているからそう思うだけであって、「国民の知る権利」や「民主主義国家」に関心がある人にとっては不当な逮捕だと思う方がいても不思議ではないということです。
利害が対立しやすいこの手の議論を行うときは、自他の関心を明確に押さえながら行わなければ、事態は信念対立化するばかりでしょう。
またさらに注意すべきは「今回、ビデオの非公開を決めた政府の関心はなんだったのか?」という点については明瞭になっていないという点です(誰か知っていたら教えてください)。
つまり「守秘義務違反はけしからん!」と言って政府の主張に賛同している人は、そもそも何のためにビデオ映像を公開しなかったのかという点を、雰囲気でわかったつもりになっているだけの可能性が高い、というわけです。
というわけで、信念対立に陥らずに問題を考えていくためには、以下のような疑問を持ちながら情報を受けとっていくとよいでしょう。
  • 何のために衝突映像を公開しなかったのか?
  • かりに、国益を考えて公開しなかったのならば、その国益とはどのような意味で言っているのか?またそれはどういう観点から国益だといえるのか?
  • かりに、◯◯という観点から公開しなかったと明らかになったとすれば、その観点はなぜ妥当だと言えるのか?
  • その観点を踏まえたうえで、なお情報非公開が妥当だと言えるのか?他にもっと適した方法はなかったのか?
  • (政府的に)機密情報の公開を望むならば、それは何のためなのか?
  • 情報公開が国益にかなうと思っているならば、その国益とはどのような意味なのか?またそれはどういう観点から国益だといえるのか?
  • かりに、◯◯という観点から情報の全面公開を求めるならば、その観点はいかなる理由で妥当だと言えるのか?
  • 情報公開に応じた観点を踏まえて、それでもなおより妥当な方法はありえないのか?
  • 今回の事件に対して異なる観点を持って向きあう人達の間で、共有できる観点はないのだろうか?
  • もし、共有できる観点があるならば、それはどうして妥当と言えるのか?
等々という視点から考えていく必要がある、と僕は思います。
少なくとも、犯人探しに躍起になったり、単なる組織の情報管理体制の問題として扱うだけではナイーブすぎるのではないでしょうか。
構造構成学(構造構成主義)が教養になれば、こういうつまずき方はしにくくなるんですけどね。
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