講演抄録「作業療法における構造構成主義の展開」

【日 程】 平成 23 年 2 月 19 日(土)、2 月 20 日(日)
【主 題】 “今、伝えたい作業療法”~役割の意味を再考する~
【会 場】 志免町総合福祉施設 シーメイト(福岡県糟屋郡志免町大字志免 451-1)
【URL】http://www.fuku-ot.org/seminor/16gakkai.pdf


【教育セミナー講演抄録】2月19日(土)15:00~16:30(14:30 受付開始)
近年、構造構成主義(構造構成学)という新しい学際領域が各界から注目されている。構造構成主義は気鋭の哲学者・西條剛央が体系化した超メタ理論である。構造構成主義の中心テーゼは信念対立の克服である。信念対立とは、価値・意味・存在の受けとり方が異なる人々の間で生じる紛争である。信念対立は日常のイザコザからテロ、戦争まであらゆる紛争の源泉である。


現代において、信念対立は様々な領域で問題になっている。そのため、構造構成主義は信念対立解明の可能性の原理として期待され、開発後わずか数年で190以上の関連著書・論文が発表されるにいたった。医療保健福祉領域に限っただけでも人間科学的医学、医療論、感染症学、実践原理論、看護学、障害学、QOL理論、チーム医療、作業療法、理学療法、心理学、認知運動療法、精神医療、認知症アプローチ、リハビリテーション論、ソーシャルワーク、エビデンスに基づいた実践、ナラティブに基づいた実践、インフォームドコンセント論、パターナリズム論、アサーション理論、健康不平等論、助産学、地域福祉活動評価法等の分野に応用されている。また、学術誌『構造構成主義研究』(北大路書房)が毎年刊行されており、日進月歩の勢いで発展中であると言えよう。


構造構成主義の中心原理は現象、志向相関性、構造の3つだけである。構造構成主義はシンプルなこの3原理で信念対立という難題を解明していく。


現象とは「すべての立ち現れ」のことであり、日々の作業体験から幻覚、妄想、錯覚、客観的事実まであらゆる経験が含まれる。現象は「思考の底板は何か」という観点から行う徹底的な懐疑に耐える。このことを理解するには、一度あらゆることを疑ってみる必要がある。すると、自分は自分でないかもしれないし、この世界は5秒前にできたのかもしれないし、現実は夢かもしれない。実は、我々はとことん疑っていけば、そうした理解を否定する根拠を持つことができないのである。しかし、徹底的に懐疑していけば、あらゆる事柄の成立根拠が崩れるということも含めて、そのように立ち現れているという点は否定できない。つまり、現象は底板を定めるために行った懐疑の果てに残るのである。だから、構造構成主義における思考の始発点に定められている。


志向相関性とは意味・価値・存在は身体・関心・目的・欲望に相関的に規定されると定式化されている。たとえば、通常うじ虫は気持ち悪い生き物として理解されているだろう。だから、もしレストランでライスを注文してうじ虫が入っていたら気分を害するはずだ。ところが、糖尿病性潰瘍等の治療に関心のある一部の医療者にとって、うじ虫は大変貴重な治療道具として認識されている(ただし無菌)。つまり、うじ虫は誰にとっても気持ち悪い生物というわけではなく、志向性に相関的になちたちが変わるのだ。この志向相関性は意味論、価値論、存在論、認識論の原理として位置づけられる。


構造とは現象の志向相関的な分節化とコトバとコトバの関係形式という2つの側面がある。前者はコトバ以前の体験内容であり、日常の生活経験を基礎づける理路である。後者は体験内容を言語表現するものであり、コミュニケーションや科学的営為を基礎づける理路である。構造構成主義において、現象は志向相関的に構成されて受けとられることから、通常我々が経験したり、感じたり、考えたりすることはすべて、この構造に包括されることになる。また、構造は志向相関性というフィルターを通すことから、原理的に恣意性を排除できず、誤謬の可能性を常にはらむことになる。


さて、この構造構成主義は作業療法に何をもたらすであろうか? 


大きく言えば、作業療法で生じる信念対立の解明である。作業療法ではクライエントによって役割が見いだされた作業の可能化の重要性が強調されている。クライエントの役割が反映された作業の可能化は、極めて個人的な意味を反映した作業の具現化であると同時に、作業を通して社会への参加にも通じていることから、異なる信念を持つ者との間で信念対立に陥りやすい。そして、この信念対立はクライエントが役割を見いだした作業の可能化の否定というかたちで生じることになる。


たとえば、「家族のために家事を行いたい」と言った身体障害者は、時間的・経済的な負担を負う者達から「家事よりもリハビリを頑張ってほしい!」等と否定されるかもしれない。「仕事につきたい」と言った精神障害者は、再発を恐れる者達から「仕事なんてしないで、家でゆっくり過ごしなさい。あたなにはまだ無理よ」等と否定されるだろう。信念対立が価値・意味・存在の異なる人々が引きおこす紛争である以上、クライエントによって役割が付与された作業の可能化がそれに意義を見いださない人々の間で起こるのは避けられないのである。


本講演では、最新の構造構成主義研究の成果を踏まえて、作業療法における構造構成主義の可能性についてわかりやすく論じていく。


【参考文献】
西條剛央 2005 構造構成主義とは何か 次世代人間科学の原理 北大路書房
京極 真 2011(出版予定) 信念対立解明アプローチとは何か(仮題) 誠信書房 


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