小林夕子さんの修士学位論文要旨:介護老人保健施設で働く作業療法士が体験する信念対立とその対処法




修士学位論文要旨

(通信制)保健科学研究科
学生番号 M971001
氏名 小林 夕子

介護老人保健施設で働く作業療法士が体験する信念対立とその対処法


背景と目的

 近年,医療保健福祉領域では,信念対立という問題の理解と対処法を習得する重要性が指摘されている.信念対立とは,考え方が異なるために生じる争い,不安,葛藤,ストレスなどの問題の総称である.介護老人保健施設(以下,老健)においても,この信念対立によってチームアプローチが機能不全に陥り,サービスの質が低下する問題が指摘されている.しかし,老健で働く作業療法士(以下,OT)が体験する信念対立とその対処法を明らかにした研究はない.以上より,本研究の目的は,老健で働くOTの体験する信念対立がなぜ起こり,いかに体験され,どのような帰結に至るのか,そして,いかにして対処しているのか,を明らかにすることとした.それにより,この領域で働くOTの抱える信念対立の構造が明らかとなり,実情を踏まえたうえでよりよい対処法を検討できるようになると期待される.

対象と方法

 本研究は構造構成的質的研究法を用いた.対象者は研究目的に照らして,老健に常勤で勤めるOT29名をリクルートした.そして,電話と対面で個別に半構造化インタビューを実施し,データ分析して,モデルを作成した.本研究は吉備国際大学倫理委員会の承諾を受けて実施された.

結果

 信念対立生成プロセスモデルは,3つのコアカテゴリー(以下,【】)7つのカテゴリー(以下,〈〉),21の概念(以下,{})で構成されていた.【信念対立の原因】は,〈お互いにぎくしゃくした関係〉,〈他人の不快な振る舞い〉,〈実践が環境によって制約される〉,〈専門性が曖昧である〉,〈人による認識の違い〉の5つのカテゴリーで構成されていた.また,【信念対立の内実】は,〈感情問題〉のカテゴリーで構成され,【信念対立の結果】は,〈失望〉のカテゴリーで構成されていた.
 信念対立解決モデルは,5つのカテゴリーを18の概念で構成されていた.5つのカテゴリーは,〈他者からのサポートを得る〉,〈他者を理解するために工夫する〉,〈交流の仕方を工夫する〉,〈自身の真意を伝えるために工夫する〉,〈自身の認識の確かさを内省する〉で構成されていた.

考察

本研究で信念対立生成プロセスモデルは,大きく【信念対立の原因】,【信念対立の内実】,【信念対立の結果】の3つに分類された.

先行研究で【信念対立の原因】は,疑義の余地なき信念の矛盾として示されてきた.他方,本研究では,具体的な5つの出来事として示すことができた.先行研究と本研究の差異は研究法の違いにあると考えられ,両者の知見は補完関係にあると考えられた.また,【信念対立の原因】は老健で働くOTであれば誰でも体験する可能性があると考えられた.
【信念対立の内実】は,〈感情問題〉として示された.先行研究では信念対立が生じると,不安,葛藤,ストレス,ジレンマという問題を体験するとされてきた.本研究では新たに,{自信がない}{孤立感を抱く}{不甲斐無さを感じる}という問題が発見された.今後,これらの問題にも焦点を当て,それに対する対策を検討していく必要があると考えられた. また,先行研究で感情は,自分の意思でコントロールが困難なものであると指摘されている.このことから人間は,自身でコントロール困難な〈感情問題〉に陥ると,感情に振り回され,本来の職務に専念することが困難になると考えられた.

【信念対立の結果】を先行研究では,相互不信,相互不干渉に陥り,医療崩壊に導かれると論じられてきた.それに対して,本研究では,〈失望〉に至ることが明らかとなった.OTが〈失望〉に至るまでには,【信念対立の原因】と〈感情問題〉に対する対処を繰り返し失敗するという経緯があり,それに陥ったOTは現状を改善しようという動機を失うことが明らかになった.問題解決の動機を失うと,老健での実践の質の改善が阻まれると考えられるため,〈失望〉に至る前に信念対立を対処する必要があると考えられた.

信念対立が生じると,OT5つの対処法を用いていることが明らかになった.先行研究と信念対立解決モデルを比較検討すると,両者間には共通点がみられたものの,信念対立解決モデルには解明するという発想が見当たらず,言動の振り返りや関心の根拠を探ることなどにとどまっていた.要するに,信念対立解決モデルは,信念対立の解明ではなく解決を目指しており,その方策に根本的な違いがある可能性があった.

本研究のデータより,解決で対処可能な信念対立の例もあった.だがその一方,解決の方法のみでは,信念対立の対処に繰り返し失敗している現状もあった.したがって,OTは解決か解明かではなく,解決と解明の両方を学んでいく必要があると考えられた.