面倒くさい人






社会生活を送っていたら、それなりに面倒くさいことはあるものです。

やらなくてよいことをやるはめになったり、しょうもないことでふりまわされたり、悩まなくてもよいことで悩むはめになったり、いくらでも面倒くさいことに出くわします。

ぼくは極力、面倒くさいことはしたくないと思っています。

生命とは使える時間があることであり、なおかつ有限です。

面倒くさいことも、自分の寿命に含まれるのです。

面倒くさいことで時間を消耗しているあいだに、シャバからオサラバするのはまっぴら後免です。

せっかくこの世に生まれたのだから、心楽しいことで時間を占有したいものです。

しかし世の中は不思議なもので、自ら率先して面倒くさい事態を引き起こしているかのように見える人たちがいます。


面倒くさいことが趣味ならば、ぼくがとやかく言うこともないのだけど、そういう人に限ってあまり楽しそうに見えません。

趣味は楽しいから趣味であって、そうでない趣味は苦役であっても趣味ではありません。

面倒くさい人にであったら「あなたはしんどい状況を望んでいるの?」と聞いてみるのもひとつのてかもしれません。

これは信念対立解明アプローチで用いる技術であるんだけども、そう聞くとたいてい「いいえ」と答えるものです。

面倒くさい事態を望んでいるわけではないのに、どんどん面倒くさい事態を引き起こして苦しそうにしているしている人がいたら、人生はもっと心楽しいことで満たして良いんだよ、とささやいてみてはどうでしょうか。

もしかしたら改心して、自他ともに心楽しく過ごせるようになるかもしれません。

一石二鳥。

あっ、いけね。

そんなこといちいちささやくヤツの方が、今度は面倒くさい人になっちゃうか。