理の人

この間、作業に焦点を当てた実践研修会に参加した。

非常に刺激的な面白い会であり、僕の見識も広がる機会になった。

この会の総括は主催者の友利くん齋藤くんがしているので、そちらの記事をぜひご覧になってほしい。

さて当日、研修会に参加して驚いたのは、非常に感動的な話しのオンパレードだったことだ。

僕自身、年間で何本も講演を行うけども、あのような感動的な話しはやったことがないし、これからもできる気がほとんどしない。

この違いはどこからくるのだろうかと考えてみたところ、やはり志向性に違いがあるのだろうと思った。

僕の関心はおそらく、理屈を納得してもらうところにあって、情緒を共有するところにはないのだ。

だから、講演はどうしても理詰めで展開することになり、そのぶん情緒がどんどんなくなっていくのだろうと思う。

要するに、僕の講演は身も蓋もない内容が多いのだ。




そのため、僕の話しは他人によってはふくみがないように聞こえるかもしれないが、理屈で納得したい人にとっては面白く聞くことができるかもしれない。

作業に焦点を当てた実践研修会は内容の芳醇さもさることながら、僕のスタイルの再認識を促してくれるものであった。

講演はお客さんのためだと考えると、スタイルの幅は広い方がよい。

だからできることなら、ひとつぐらいは感動的な話しもできるようになりたいものだが、理にこだわる感性をもっているあいだは無理かもしれない。

齋藤くんの爪の垢でも煎じて飲もうかしら。

あっいけね。

僕は元来、お腹がゆるいんだった。