思い通りにならないのは当たり前



あなたがよかれと思ってやったことでも、予想に反して他人から反発されたり、ラフにあつかわれると、イライラしてしまうかもしれません。

例えば、あなたの好意で素敵なプレゼントを贈ったのに、お礼のひとつも言われなかったとしましょう。

たぶん「お礼ぐらい言えよ!」と腹立ちませんか。

一般常識として、他人からプレゼントをもらったらお礼した方がよいし、当然のことながら、ぼくだって感謝の言葉を伝えます。

好意で何かしてもらったら感謝したほうがいいですけど、しかし、原理的に考えると、感謝されない場合に腹立つのはちょっと変なのです。

この場合、あなたは好きでプレゼントしたのだから完全に個人の趣味の問題だという話しになり、自分の好きなことしている人にお礼を言うのはお門違いだからです。

「ありがた迷惑」という言葉もあるように、自身の好意による行為は必ずしも感謝されるようなものではないのです。


もちろん、多くの場合で「ありがとう」は社会生活の潤滑剤です。

でももしかしたら、お礼を言われたら嫌な人がいるかもしれません。

そうは言っても「やっぱりお礼を言わないのはおかしい!」と思う人もいるでしょう。

しかし、それはもしかしたらお礼の有無よりも、自分の思い通りにならない事態に対してイライラしているのかもしれません。

人間作業モデルでも重視しているように、コントロールは人間的欲望(意志)の特徴のひとつです。

しかしだからと言って、他人が思い通りに反応しなかったからイライラするのはお門違いです。

自分の尿意すら恣意的にコントロールできないのに、他人の反応を思い通りにコントロールできるわけありません。

ぼくたちはしたいことをすることはできます。

けど、他人をコントロールしてやってほしいことをやってもらうことは、できないのです。