アホな上司とアホな部下



「アホな上司だからしんどい」と思う人は少なくありません。

信念対立研究に取り組んでいると、かなりの確率で信念対立の相手に、上司が選ばれています。

「アホな部下をもってしんどい」と思う上司もいるだろうが、実のところ多くの人は「アホな上司だからしんどい」と思っているのです。

上司になれる人は限られているので、人口構造上しょうがないかもしれません。

が、「アホな上司だからしんどい」という言動の意味は、もうすこし掘り下げて考える必要があります。

ここでの問題は、元々アホな人が上司になったのか、上司になったからアホになったのか、です。

前者の場合、組織病理が深刻なので他で働く場所を探した方がいいかもしれません。

まともで優秀な人が出世できない構造が、そこにあるからです。

後者の場合、実は権力の本質を考える必要があります。

そして、多くの場合は後者が妥当するのではないか、と僕は考えています。

権力には、人をアホにさせる要素があるからです。




では権力とは何か。

結論から言うと、権力とは周囲が意味ないと思うことでも無理に押し通せる能力です。

「アホな上司だからしんどい」と思う人が多いのは、上司が無理難題を押し通す強制力をもっているからです。

つまり、権力の本質を考えると、多くの上司はアホだから上司になったのではなく、上司になって権力をもったからアホになった可能性があるのです。

もちろん、権力で強制する内容には妥当なものが大半であろうと思うし、多くの上司が妥当だと思って善意でやっていると思います。

だけど、意味があるかどうかは他者の判断にかかっているところがあるし、しかも意味は事後的に成立するので、上司が権力を行使する段階では実のところ妥当かどうかわからないのです。

そのため、結果として無理難題を押し通すようなかたちになることがあるわけです。

権力には魔力があり、扱いがたいものです。

そして、その権力を支えるのは周囲の人です。

権力の行使には、それにしたがう人が必要だからです。

その意味で「アホな上司」といわれる人も、ちょっと可哀想です。

アホのアホ性は上司と周囲の人たちが共同で支えているからです。

「アホな上司」にアホなこと言われたら、嫌な顔ひとつでもしてあげるのもまた部下の役割ではないでしょうか。

それもしないなら、アホな部下といわれても仕方がないかもしれませんよ。