取り越し苦労

博論コピペ問題はSTAP細胞論文疑惑と異なって、これ以上追求するのはイジメみたいなもんだと思う。

所属機関が責任をもって厳正に対処すれば良いだけの話だ。

興味深い出来事だったけど、正義の名のもとに深手を負った相手を必要以上に叩きのめすのは下品だ。

正義の暴走。

それにしても博論コピペ問題はご本人も非常に気の毒だ。

真相は藪の中だけども、まともな研究指導、学位審査を受ける機会が剥奪されていた可能性があるからだ。

ラボがまともに機能していたら、院生がデータを集めたら生データからチェックするし、分析したら再現できるか確認するし、論文を書いたら1行ずつ吟味するし、英文を書いたら僕が確認した後に専門業者に依頼して校正してもらうし、この全過程でメンバー間のピアレビューもある。

通常の研究過程はチェックの連続で、あんなにわかりやすいコピペや改ざんをまるごとスルーされることはおそらくない。

もちろん巧妙にやられたら僕も見落とすに違いないが、今回の博論コピペ問題はありえないぐらい粗雑だ。

しっかりした研究指導、学位審査を受ける機会があれば、もっとまともなことになっていただろうと思われるので、本当に気の毒。

さて心配なのは、今回の出来事がきっかけになって大学院一般の締めつけがきつくなることだ。

こういう不祥事が起こると「氷山の一角だ」などと考え出すヤツ(だいたいコントロール願望の強い権力者)がいて、全体に対して過剰な再発予防策を強いてきがち。

無駄な仕事が増えるのでそれは勘弁してほしい。

不祥事はまず各論的に考えてほしい。

各論的に考えるとは、博論コピペ問題のような不祥事が生じる諸条件を整理していくということだ。

つまりどういう条件があるとこういう類いの問題が生じる可能性の幅が広がるかを検討していく必要がある。

こう考えると問題を過度に一般化せずなおかつ対処法を見いだしていきやすい。

問題の過度な一般化は大学院一般に過剰な再発予防策の押しつけにつながりかねない。

それは不祥事を引きおこす諸条件を満たさない職場にとって無駄な仕事が増えるだけだし、全体として現場を萎縮させるだけでメリットはないと僕は思う。

大学院教育は本当に手間暇がかかるんだよ。

ものすごく労力がいる。

過剰な再発防止策の押しつけられるとさらに労力が必要になって結果として院生指導に割けるリソースが減ることにつながりかねない。

問題の過度の一般化だけはやめてもらいたいね。

マジで今回の出来事(博論コピペ問題)で大学院一般の締めつけがきつくなるのではないかという僕の心配がただの取り越し苦労に終わるように願うよ。