質的研究の理論的飽和度という方法



私の研究指導の経験上、理論的飽和は単なる「行き詰まり」に過ぎないことが多いです。

データ収集と分析を繰り返していると、煮詰まってしまって、思考が停止することが少なくないんです。

しかし、大学院生と一緒に考えはじめると、すぐに新しい結果がでてきたりします。

関心相関的飽和というやり方もありますが、これも基本的に一緒です。

内省がきちんと働けばよいですが、実際的には研究目的に照らしても、行き詰まるときは行き詰まります。

で、何かよい方法がないだろうかと調べていると、数年前に「理論的飽和度」というやり方が提案されていると知りました。

これは、理論的飽和度を推定し続けるという方法で、推定値がある一定の水準に達したら、理論的飽和に至ったと判断します。

私が指導に関わった研究論文で、理論的飽和度を活用した例としては以下があります。

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河野崇、京極真:回復期リハビリテーション病棟に入院する患者が作業療法士に対して抱く信念対立と対処法の構造.作業療法34(5),530-540, 2015

Miami S, Kobayashi R, Kyougoku M, Matuda I: Occupational Experiences of and Psychological Adjustment by Family Members of Cancer Patients. Hong Kong Journal of Occupational Therapy  23(1), 32-38, 2013

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さて理論的飽和度の続きです。

研究論文には理論的飽和度を使うと、例えば方法のセクションで「本研究では推定値が〇%に達したら理論的飽和に至ったと判断することとした」という基準を示し、結果のセクションで「〇人目で理論的飽和度が〇%に達し、その後〇人目までデータ収集と分析を繰り返した結果、〇%以下になることがなかったために理論的飽和に達したと判断した」と書きます。




論文の書き方は一例に過ぎませんが、理論的飽和度という方法は理論的飽和に達した程度を確率的に示せる特徴があります。

もちろん理論的飽和度という方法には欠点があります。

例えば、理論的飽和度は分析結果から推定しますが、その結果の部分は従来の質的研究と同じなので、推定結果もその影響から逃れられません。

また質的研究はデータ分析で試行錯誤しますが、その部分がうまく反映できません。

このような欠点がある一方で、理論的飽和度の本当の利点は、データ分析の次元がひとつ増えることによって、単なる「行き詰まり」から脱出する契機が得られる、というところにあると感じています。

例えば、データ分析を繰り返している内に「あーこれ以上は無理だ」と感じたとします。

で、「よし!理論的飽和度を計算するか」となりますよね。

このときに、思考の軸がひとつ増えます。

思考の水準が一段変わるわけです。

つまり、リフレーミングが起こるのですね。

それによって違う枠組からデータを見直すことになりますから、もし単なる「行き詰まり」を理論的飽和だと勘違いしているなら、新しい結果が見出されたり、結果の違和感に気づいたりします。

他方、リフレーミングを起こしても(違う立場からみても)、結果に納得できるならば理論的飽和に至っていると言いやすいかもしれません。

理論的飽和度の推定は、質的研究のデータ分析の過程に思考の軸を増やすことによって、理論的飽和に達したかどうかをチェックしやすくする効用があると感じています。

理論的飽和度については、以下のリンクでどうぞ。

第53回教育心理学会シンポジウム

質的研究の理論的サンプリングにおける理論的飽和度