作業療法は多職種に理解されにくいは本当か



ぼくは作業療法そのものが多職種に理解されにくいのではなく、作業療法士による作業療法の「説明」が多職種に理解しにくいのではないか、と感じることがあります。

作業療法士は、作業療法という方法の専門家です。

それゆえ、「作業療法って何?」と聞かれると、作業療法という方法の説明に重心がのりがちです。

例えば、「作業療法は、日々のさまざまな活動を通して健康やwell-beingを高めですよ」とか「作業療法は、クライエントと相談しながら生活支援するんですよ」という具合にです。

もちろん、こうした説明は間違っていません。

でも作業療法は方法に過ぎないので、方法の説明ばかりしても意味が伝わりにくいです。

方法は何らかの問題に対応するために存在しています。

ここでいう問題とは、何らかの対応が求められる状態です。

なので、問題にはポジティブな視点もネガティブな視点も含まれます。

クルリンパと話を戻すと、方法を説明するためには、まずその方法で解ける問題から説明する必要があります。




方法は問題に対応するものだからです。

方法は問題とセットで示されないと意味がわからない。

なので、作業療法という方法の意味を問われたら、それで解ける問題から説明する必要があります。


「多職種に作業療法が理解されにくい」と感じることがあったら、そもそも作業療法は多職種(建築士、芸術家、教師、医師、看護師、ソーシャルワーカーなど)が必要にせまられて作りだした方法だ、ということを思い出しましょう。

作業療法は、作業療法士が自ら作ったわけではなく、いろんな職種の人がある問題に対応するためにアイデアを出しあって開発されたんです。

つまり作業療法は、多職種のアイデアのエッセンスが凝縮されたものであり、最初から極めて学際性に富んだ領域なのです。

そういう領域が構造上、多職種に理解されにくいとは考えにくい。

であるならば、説明の仕方にどうも問題がありそうだ、という話になります。

で、その要点のひとつが、作業療法で解ける問題を提示してから、その方法を説明すると
いうものになるわけです。

多職種に作業療法が理解されにくいと感じるときがあったら、作業療法で解ける問題から説明してみましょう。

え?

作業療法という方法はどんな問題を解くために存在しているのか、ですって?

ぼくたちの考えではそれは「作業機能障害」です。

作業機能障害というのは、人間の経験に生じる不具合のようなものです。

それは作業剥奪、作業不均衡、作業周縁化、作業疎外に整理できます。

詳しくは、以下の書籍のOBP2.0の頁で寺岡睦さんが論じています。

関心ある人はぜひどうぞ。