メルロポンティと作業療法

桐田くんのblog記事が面白く、思考が刺激されたので、勝手にリレー記事を書きます、笑。

思考が刺激された人は勝手にリレーに参加してくだせー。

なお、リレー記事は以下の順に展開しています。
  1. 手段と目的,そしてそれ自体(織田さん)
  2. 底の底にあるのは「現象」(京極)
  3. 現象と構造(桐田くん)


いろいろ書けるのですが、とりあえずこのblog記事では、桐田くんの議論が作業療法と密接につながっているというところに焦点化します。

あらかじめ結論を書いておくと、桐田くんが紹介してくれたメルロポンティは作業療法実践、すなわち評価と介入に直に関連する論点を提供しています。

では議論の補助線から。

桐田くんの議論はとてもよくわかる話で、行為の実存的意味を理解しようとすると、行為の現象学的解明が欠かせません。

その領野を拓いたメルロポンティは、ハイデガーやサルトルと同様に現象学の実存論的な展開を推し進めた人で、行動や身体の現象学的意味をぐっとつかみだしました。

 
桐田くんはメルロ・ポンティの行動の構造を引用しながら、次のように論じます。
行為のもつ実存的・実践的な意味志向、瞬間瞬間の現象変容と身体意識との浸透関係を尊重する際に、目的手段関係でなく行為の内的構造の分析が重要になる
要するにこれは、行為の実存的な意味が成立する条件を超越論的主観性(意識)という場で解き明かす、という理解でよいかとと思います。

ポンティは現象学的思考が不徹底なところがあって、その点は思考の原理論として後退していると思います。

だけど、行為が意識と環境に相関的(≒弁証法的)に構成されていると解明したところは、行為の実存的な意味の理解を深めるうえで重要な意味を持ちます。






さて議論の補助線が長くなりましたが、いよいよ作業療法とのつながりです。

実はメルロポンティの議論は、作業療法を代表する理論である人間作業モデルの「遂行能力」に継承されています。

遂行能力には、医学でいう身体と精神に加えて、メルロポンティの身体相関や行為の構造が組み込まれています。

そして、クライエントの生活を支援するためには、現象学的視点を徹底させてクライエントの世界が身体や行為に相関的に構成されている側面を理解することが欠かせないと論じているのです。

ともすると、遂行能力は医学でいう身体と精神と同じであるとか、作業遂行技能であるとか、といった理解が中心になりがちですが、実はそれはごく一部の話に過ぎないのです。

またぼくの理解では、人間作業モデルよりもさらにメルロポンティらが展開した現象学的思考をベースにしているが、山根先生のモデルです。

メルロポンティらの現象学的解明を発展的に継承しながら、実存にとっての作業の意味と構造の解明を進めていると思います。

なので例えば以下の書籍は、作業療法の深化にとってものすごく重要な論点を提供しています。



以上示したように、桐田くんが着目しているメルロポンティの議論は、作業療法にも継承されています。

ということは、作業療法士はクライエントの行為が意識と環境に相関的(≒弁証法的)に構成されている状態を適切に評価し、必要に応じて介入しないといけないということになります。

評価は、クライエントはどういう興味関心を持って世界と関わっているか、どいう身体で世界に参加しているか、あるいは自身の身体や行為をどう対象化(認識)しているか、作業をどう体験しているか、などといった切り口から行うことになります。

介入はそれを踏まえて、クライエントがより満足できる状態になれるように支援していきます。

作業療法は哲学的実践論という側面があるのです。