クライエントが作業(生活)に対して退屈を訴えたら?


先行研究を調べると、退屈にはプラスとマイナスの要素がありそうだと言えます。

プラスはそれが、リラックスをもたらしたり、創造性の土壌になりうるというものです(他にもいろいろ)。

つまり、退屈が休息や次のステップへの溜めとして機能することもあるということです。

他方、マイナスは不満であったり、不適切な作業へ導いたりしうるというものがあります(他にもいろいろ)。

退屈にはどちらの側面もありえるし、大抵はその両方を含んでいるかもしれません。

作業療法でクライエントが取り組んでいる作業に対して退屈を訴えたら、その意味を考え
る必要があります。

しかし、これはなかなか難しい問題です。

病状が落ち着いて余裕が生まれつつあるのかもしれないし、他に気になることがあるのかもしれません。

あるいは技能に対して作業の難易度が低いのかもしれないし、作業が習慣化したのかもしれないし、興味と作業がミスマッチしているのかもしれません。

退屈を主張することによって、作業療法士にいろいろ関心を持ってもらいたいというメッセージを送っているのかもしれない。




今なぜそれを訴えるのかも気になるところです。

まぁとにかく、退屈ひとつとってもいろいろ考えられるわけです。

作業機能障害の種類という切り口で言えば、作業疎外が退屈という感覚と関わりがありそうだという文献があります。

作業疎外というのは、自身の作業に何らかの意味を見いだしがたい状態を表しています。

いろいろな文献があるように、作業疎外はそれ自体が作業的問題であると同時に、精神衛生のリスクファクターにもなりえます。

作業療法でクライエントが退屈を相談してきたら、上述のようにいろんな可能性を検討しつつ、作業疎外かどうかを見極めつつプラスの面を引き出し引き伸ばせるような関わりが求められるでしょうね。

クライエントが日常で感じる退屈は、作業療法で対処しないといけない問題です。

そういう認識が、作業療法士だけでなく、クライエントにも広く認識されるようになると、この問題への対処がやりやすくなるんですけどね。