【講義メモ】作業科学(2016年5月12日)

すこし空いてしまいましたが、学部2年生の作業科学の講義メモです。

例のごとく、かなり要約しているのでわかりにくいかもですが、ご了承ください。



前回の講義では、作業的存在としての人間という理解の仕方が、原理的になかなか活けているということを学びました。

今日は、作業的存在としての人間の諸次元について学びます。

作業科学者のウィルコックは、このテーマでかなり精緻に論じています。

彼女の議論の全体像は極めて多様で複雑なんですが、理解を促進するために1枚の図で表す
と以下のようになります。

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Doingは、意味を感じる活動=作業を行うことです。

哲学的な作業の理解との連続性を保つ言い方をすれば、意味を感じる経験をすること、になります。

Doingは、人間の経験が行為によってもたらされるという理解を強調します。

この講義を通して重視しているデューイはプラグマティズムの作業教育論でLearning by doingを重視していますから、同じヘソのをもつ作業科学&作業療法がDoingに価値を見いだすのは学的ルーツから考えると必然です。

ただ作業科学&作業療法は、作業を通した健康とwellbeingの促進を重視しますから、そうした作用をもたらせる経験をすることが、Doingという概念で受けとる必要のある感度になります。

とにかく、作業的存在としての人間は、私たちの作業=経験を底板に理解を深める必要があります。

Beingは、行うことによって自分の存在の仕方が規定されるという視点です。

例えば、ゲームが好きでゲームばかりしていたら、ゲームすることがその人らしさを反映するようになります。

ゲームに没頭するあまり、他人との約束事を反故にしたり、他にやるべきことができなくなると、いい加減な人というイメージがその人らしさを表すようになるでしょう。
このように、作業的存在としての人間は、行うことによっていま現に生きている世界における自分のあり方が作られるのです。

Becomingは、行うことによって今のその人らしさだけでなく、将来どうなっていくのかも規定されるという考え方です。

例えば、料理することに夢中になって取り組んでいる人は、将来、料理人になっているかもしれません。

また、不健康な作業(タバコを吸う、酒を飲む、夜更かしする、油っぽいものばかり食べる、危険なセックスに明け暮れる、など)ばかりしていると、もしかしたら今後つらい病気になるかもしれません。

作業的存在としての人間は、いま現に行うことによって、これからの自分のあり方も作られるのです。

Belongingは、その人が行うことによってどんな社会に関わっていくことになるのかが決まるという考え方です。

例えば、ジョギングを楽しんでいると、同じように走る人たちの間で交流が芽生えてコミュニティができることがあります。

これは、ジョギングをすることによって、走る人たちのネットワークに所属している状態です。

障害者なったからといって、病院・施設だけに所属するわけではありません。

不自由な身体でも好きな華道に取り組むと、そういう人たちが集まる社会のメンバーになることができ、そのなかでその人らしさが育まれて稼働する人としての将来が作られていくのです。



このように、作業的存在としての人間の諸次元は、Doing、Being、Becoming、Belongingという側面で捉えることができます。

前回の講義で確認したように、いま現に生きている人間は作業的存在としてあると理解せざるを得ないところがあります。

このフレームワークを把握しておくことは、作業的存在としての人間の諸次元について理解するために有用です。

なお、この日の講義は、吉備国際大学作業療法学科のブログで写真付きで紹介されました。

http://kiui.jp/pc/gakka/hoken/sagyo/blog/?p=11246

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