閉塞感と自由




最初は面白かったのに閉塞感いっぱいでつまんなくなる領域の特徴のひとつは、「自由」がどんどん失われることに求められると考えています。

それは、誰かの顔色を見ながらでないと意見ができなかったり、柔軟で多様な発想や解釈が許容されなくなったり、その場で思っていることが素直に言えなかったり、ときどき顔を合わせているのに何となく距離感のある人間関係が変わらなかったり、などなど。

そういうどん詰まり感を味わうようになったら、そこはもうあなたにとって自由が感じられない閉塞感に満ちた領域になっちゃったのかもしれません。

ただ、この感じは人によって違うので、自身が息苦しいと感じても他の人はそうではない可能性があります。




あなたはつまんない領域でも、もしかしたら心から楽しんでいる人がいるかもしれない。

世界は自身が認識していることがすべてと素朴に感じちゃうのは仕方ないところではあります。

けども、それと同時に、そうでない可能性をしっかり理解しておかないと、自由を求めているつもりがかえってそれを失うことになっちゃいます。

他人の楽しみは自分にとってそうではないし、自身の楽しみは他人にとってつまんないかもしれない。

自分がつまんないからといって、楽しんでいる人に「つまんない」という感じの共有を求めるのは下品だし、感情に承認を求めてもどうしようもない。

そしてそういう態度こそが、あなたが求めている「自由」を抑制することに他ならない。

閉塞感と自由の関係は難しいなぁ。