無矛盾に生きることの困難さ



壮大なブーメランをみて「オマエガイウナ」というのは、とても簡単です。

それよりも、ぼくは、人生を矛盾なく生きるのはとても難しいことであり、自分にも他人にも寛容でありたいなぁ、と思います。

ぼくが敬愛する哲学者のひとりに、エマソンがいます。

彼は作業療法の、そして作業の中核哲学であるプラグマティズムに多大な影響を与えました。

その彼が著書のなかで、こう論じます。
愚かな一貫性は心の狭い人にとりつくお化けで、小心な政治家や哲学者、神学者があがめるものだ今考えていることを力をこめて語り、明日になれば、たとえ今日語ったすべてと矛盾していても、明日考えることをふたたび真剣に語るがよい 
と。



これはもちろん「支離滅裂であれ」といっているわけではありません。




ざっくり意訳すると、自身の生を生きていると、未来はどーしても未定になるので、過去からの一貫性にこだわりすぎると、心楽しく生きられないよ、という意味です。

つまり、周囲に誤解されてもよいから、今に集中して自らの生をめいっぱい生きろ、と教えてくれているのです。

未来は未定です。

だから、過去にしばられて、無矛盾に生きるのは至難の業です。

なので、ぼくたちは自身の言動が大なり小なり「ブーメラン」する可能性を前提に生きる必要があります。

ぼくも、あなたも、どこかでオマエガイウナと思われています。

ここから導ける答えのひとつは「寛容」です。

相手の矛盾を鬼の首を取ったかのごとく責めたてていると、めぐりめぐっていつか自分に大きな反動がくるでしょう。

そしてそれはできれば、避けたい。

ニュースにあふれる壮大なブーメランを見ていると、そう感じます。