どーしても許せないときはどうするか



信念対立しているときは、どーしても許せない、どーやっても認められない、という強い否定の感情を持つときがあります。

ぼくもこの前、ひどい出来事があって、お恥ずかしながらそーゆー気分になりました。

しかし信念対立から抜けだすには、ひとまず相対化する必要があります。

相対化は、自分を少しメタな位置から捉えかえすことによって、できるようになります。

つまり、第三者かのように自身を見つめるチカラが、相対化には求められるのです。

ところが、強い否定の感情は、自身の気分と位置の距離がゼロ以上になることを拒みます。

どーしても許せないと思っているあいだは、メタになれない。

相対化できないのです。

で、ならば、どーすんねんという話になるわけです。




これを言うと、笑う人がいるのですけど、強い否定の感情が働いているときは、メタな視点を担保するために、あえて「あーだ、こーだ言っても、同じ宇宙で生きている仲間やん」という意識をもつようにするのです。

どーやっても認められないと感じているときは、自分と相手の共通点ではなく、対立点に強い注意が向いています。

ぼくたちは、関心相関的な存在ですから、対立点に関心がしっかり向いていると、鋭く衝突しているところばかりに気づいてしまい、時間が経てば経つほど信念対立関係が盤石になってきます。

そこで、注意の方向性を対立から共通に向け、少し自分をメタな視点でとらえる機会をつかむために、戦略的に「ぼくらはみんな同じ宇宙で生きるしかない」という意識を導入するわけです。

アホみたいな意識の仕方にみえるかもですけど、アホだからこそ肩の力が抜けやすく、実践的にはこれができると相対化の糸口がつかめることがあるのです。

どーしても許せない、どーやっても認められない、と感じることがあったら、夜空を眺めんながら「同じ宇宙で暮らす同僚やん」とつぶやいてみましょう。

信念対立でガチガチの状態から解き放たれて、ほんのちょっぴり思考の可動域が回復するかもしれません。