他人の視点が気になりすぎるときはどうするか



人生は短いですからやりたいことからどんどんやっていかないと、気づいたらあっちの世界で暮らしていたということになりかねません。

でも、他人の視点が気になって、行動が制約されてしまう人がいるでしょう。

本当はやりたいことがあるのに、それやると他人から怒られたり悪口を言われたりしないか、と気になってできない。

クライエントのやりたい/やるべき活動を支援する専門職である作業療法士ですら、そういう状態に陥っている人がいます。

なので、そういう気持ちの吸引力はそうとう強いものでしょう。

他人の視点からほんの少しだけ自由になるには、自分の考えている他人の視点は必ずしも他人の視点を代表しない、という気づきが重要だったりします。


やりたいことやると「怒られる」とか「悪口を言われる」などの思いは、実際にやって確かめたものでない以上、あなたの想像の産物でしかないという感覚をもつ必要があるのです。

そして、実際に行動した後に怒られたり、悪口を言われたりしても、それはあなたが受け取った感覚と全く同じように相手も怒っているかどうかは、実のところ確認しようがないので想像の産物かもしれないところがどこかに残ります。

そうなると、あなたの行動を制約している他人の視線は、実は自身に対する自分の視点だった可能性があるというお話につながります。

なので、やりたいことがあるならば、大切な人たちに迷惑をかけないようでしたら、他人の視点はあまり気にせずに思いきってやってしまってもよいんですよ。

え? もしそれでガチで怒られたり、悪口を言われたらどうするかですって。

そのときは我が身の不運をちょっぴりなげきながら、適当なところでスルーして他にやりたいことを見つけるしかないじゃないですか。