感情的に荒々しい査読コメントを書きそうになったら



査読の研究にはいろいろあります。

以前調べた論文なので、ちょっと古いですけど、以下のような内容があります。

例えば、査読の所要時間は1論文あたり3時間程度でよく、それを超えても査読の質は向上しないという報告があります。

http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=187762

査読に長い時間かけるよりは、ある程度、短時間でポイントを押さえて明快にコメントした方がよさそうです。

他の研究では、査読者の匿名性を確保することは査読の質に影響を与えない、という結果が示されています。

http://www.bmj.com/content/341/bmj.c5729.long

海外の学術誌では、査読にDOIがつくところがあったり、投稿者・査読者ともにオープンなところもあったりするのは、こういう研究で得られた知見がベースになっているのだろうと思います。


査読者の立場にたつと、忙しい時間のあいまに3時間程度でしっかり査読したら、その質はひとまず担保できる可能性がありそーだというのは少し希望になります。

また査読者氏名が開示されていると、荒ぶったコメントを書きにくくなるから、これも丁寧にコメントする材料になりそうです。

ところが、査読者が匿名の媒体で査読すると、感情的にとても荒ぶったコメントを書きたい衝動にかられる人がいるかもしれません。

ぼくそういう査読コメントを頂くことがたびたびあるのでw。

そういうときは、「自分の師匠に面と向かって、こんな感情的に荒々しいコメントを言うか?」という視点をもつとよいのではないか、と思っています。

師匠がいない人は、尊敬する人、大切な人、愛する人なんでもよいです。

とにかく、そういう自分にとってかけがえない人に面と向かって言える言葉かを考えるのです。

この設定だとたぶんもうちょい冷静に言葉を選んでコメントするはずです。

冷静さを欠いた査読コメントは読んでいると、いろんな意味でちょっと痛いです。

論文の投稿者は、ぼくたち査読者と同じ心をもった人間です。

査読者もまた、投稿者と同じ人間です。

お互いの尊厳に配慮しながら、遠慮ない的確なコメントを行えるようになりたいですね。