決めつけない



個体の人の生でおそらく完璧に決まっていることは「生まれたら死ぬ」ということです。

人生は不平等で不合理で不条理です。

生きて死ぬということは、平等です。

その意味で、ぼくたちの人生に自由はありません。

しかし、生と死のプロセスにはある程度の自由があります。

例えば、ミクロで言えば、水分はどうするか、飯は何を食うか、どんな服を着るか、昼寝はどうするか、などいろいろ自由に選ぶことができます。

もうちょいマクロな視点にたつと、仕事はどうするか、どこで暮らすか、家族はどうするか、などもそこそこ自由に選べます。




もちろん、選択肢は時代的、社会的、経済的、人的、運などなどの制約を受けます。

つまり、何を選びとるかは、そこそこ自由でそこそこ不自由です。

そう考えると、自身の生を生きぬくには、あーだこーだといろいろ決めつけないほうがよさそうだ、という話になってきます。

だって、そんなことしなくても「生まれたら死ぬ」ことは決まってるし、生から死へのプロセスもそこそこ不自由なので、自身が「〜であるべきだ」「〜しなければならない」と決めつけたら、もっと不自由になるじゃないですか。

人生に目的はありません。

けど、厳しい人生をサバイブするためには、「こころ楽しく生きる」という目的をもったほうがよいです。

そのためには、ある程度の自由を確保したほうがよいです。

ほんの少しでもその幅を広げるために、いろいろ決めつけないでいようではありませんか。