『存在と時間』に学ぶ理論的研究の型


理論的研究は、量的研究と質的研究と異なって、方法を明記していない文献があります。

方法がないと、どうやればそう論じれるのかわかりません。

また方法がブラインドされていると、はじめて理論的研究を書くときにどう書けばいいかイメージできないものです。

ぼくは、理論的研究の方法の型として、Heideggerの『存在と時間』を参考にしています。

ぼくはHeideggerが好きなのですが、そういう個人的な好みとは別に、本書は理論的研究に関心がある人にとっても役立ちます。

『存在と時間』とは、フッサール現象学を武器に「存在=ある」とはなにかを解明しようとする傑作です。

本書は結局、未完のまま終わりますが、読みどころはいろいろあり、現代まで強い影響を与えてます。

例えば、人間は世界一般つまり身の回りの事柄を常に気づかいに相関的に認識している、という議論を展開しています。




これは、人間が世界のなかで存在するという確信構造が成立する条件のひとつで、認識の本質を見事に言い当てています。

構造構成主義や信念対立解明アプローチでは、志向相関性(存在、価値、意味は関心、欲望、目的、身体に応じて規定される)という原理を中核においています。

志向相関性の源流のひとつは、Heideggerの世界認識の基底を支える議論に求められます。
このことから『存在と時間』の影響力のいったんが推察できると思います。

さて話を元に戻すと、『存在と時間』は哲学書にめずらしく、方法がクリアに論じられています。

その方法はフッサールの現象学的方法なのですが、自身が設定した問題に応じてそれを実存論的分析というかたちに変法します。

『存在と時間』の問題設定は「存在とは何か」です。

方法を変法するということは、その基盤は問題に求められます。

まず「〇〇がある」「××である」というとき、そもそも「ある」とはいったい何であるのか、を問います。

そしてこの問に答えるためには、「ある」そのものよりも「ある」を問える人間(ぼくたち自身)のあり方から問う必要があると論証していきます。

「存在とは何か」という問に原理的に答えるためには、存在を問える存在から解明しようというわけです。

このように『存在と時間』では、問題を明確に設定しています。

そして、その問題を解くために、方法のセクションでフッサールの現象学的方法を導入す
るわけです。

しかしただたんに導入するわけではなく、存在を解明するために人間存在から解明すると展開しているために、人間存在という認識が成立する条件を解明できる実存論的分析へとアレンジしていくわけです。

理論的研究を行うとき、『存在と時間』の問題設定から方法への展開はとても参考になります。

『存在と時間』は超一級の哲学書ですが、問題から方法に関しては明らかに工学的です。

ぼくみたいにヘルスケア領域で研究してきた人が、理論的研究を行うにはとても参考になると感じています。

本書は哲学書としても味わい深いですが、理論的研究の方法の型としてもぜひ参考にしてみてください。