上機嫌な忘却力



自身の生き死にに関係しないことには興味がないからすぐ忘れる、というステキな生き方のニワトリ。

ぼくも(忙しさのあまり)すぐに忘れるし、そーゆーときこそ上機嫌に過ごせるので、きっとニワトリも幸せだろう、と勝手に親近感を覚えています。

さて、何でもかんでも確実に記憶している状態というのは、人間にとってかなり辛いことだと思います。

例えば、誰かにバカにされたとか、こっぴどく怒られたとか、そーゆーものまで覚えてしまうわけですから楽しいわけありません。

記憶がしっかりしている人は楽しいことも覚えているでしょうけど、そーゆー人は嫌な記憶も一緒に保持しているわけで、人間はだいたい嫌なことに重み付けするのでプラスマイナスゼロどころが恐らくマイナスになるわけです。

好嫌感情は重み付きの推定法で嫌が勝つわけです。




もちろん、何でもかんでも忘れればよいかというと、それはそれで辛いところもあります。

病的に記憶を失っていくプロセスは本人も周囲も非常に悲しいしつらいものです。

しかし病的なところまでいかないものの、普段の暮らしのなかでテキトーにいろいろ忘れながら生きている状態というのは、そこそこ楽しいはずです。

良いことも悪いこともほどほどに忘れつつ生きている状態は、現にいま生きていることに意識を向けることにつながるし、そうなればどーしたって上機嫌に過ごせるからです。

もちろん、酒飲んで記憶を失う人もいますが、それは上機嫌に過ごせる忘却力ではありませんよ。

だいたいそーゆー人は後でハンセーすることになるので不機嫌になるからです。

そーではなく、毎日しっかり生きつつも、終わったことは記憶の彼方に置き去っていくこと。

きっとそーゆーのを、上機嫌な忘却力と呼ぶのでしょう。

ぼくたちもニワトリにならって、自身の生き死にに関係しないことには興味がないからすぐ忘れる、というステキな生き方をしようじゃありませんか。

ぶひっ。