正義の人に必要なのは躊躇い



悪を薦めるつもりは毛頭ありません。

けど、正義の人はけっこー怖いものです。

正義の人は、正しいことを正しく行うのが好きです。

そのなかの一部の人は「自分は正しい。間違っていない」と素朴に感じちゃってるから、正しくない人に対して極めて冷淡です。

そーゆー人は、正義なら悪に対して何やってもよいという暗黙の前提があるのでそうなるのです。

おおよそ全ての戦争は正義を理由にはじまりますから、正義はとても危険で取り扱いが難しいんです。

本来、正義とは自由と平等を担保した状態という意味です。

このあたりはロールズが徹底的に論じています。

だから、正義は正しくない人に対する攻撃の口実には、なりません。

なりよーがないんです。




ところが、一部の正義の人は正しいことが他者への攻撃の理由として機能しちゃいます。

私は正しく、相手が間違っているんだから何してもよい、という飛躍がどっかで起こるんです。

正義がお墨付きになっているから、とーっても厳しくあたることができます。

これは、正義への誤解がなせる技です。

しかし、誤解の常として、誤解している人は誤解し続ける限りにおいて自分が誤解していることに自覚的になれません。

だから、正義が生みだす恐怖の連鎖はなかなか断ち切れない。

ここまでくると、正義の人に必要なのは躊躇いだということがわかるはずです。

ほんの一瞬でもよいです。

「自分は正しいけど、相手は間違っている」と感じちゃった人は「ほんとーにそう言えるのか」と逡巡してみましょう。

それによって少しでも正義の暴走にブレーキをかける機会が得られたら、もうけもんじゃないですか。