医学と科学と哲学と



医学と科学の関係は、世界人口の推移と医学の発展を踏まえると理解しやすいです。

ヒポクラテスの後継者のひとりであるガレノスが、神学的医学を体系化した以降、約1500年にわたって西洋医学の発展が停滞しました。

この間、世界人口は約2億人から約5億人に増えたもののほぼ横ばいで推移しました。

で、1500年代にヴェサリウスやパレが登場し、神学的医学の権威に陰りがみえはじめ、科学的医学へのパラダイムシフトがはじまります。

そして、1600年から1800年にかけて科学革命、産業革命、農業革命が起こって、急激な世界人口の増加につながります。

医学史との接点で言うと、医学が宗教から科学へと相方を変えたところと、世界人口が増加に踏み切る時機がおおよそ重なることになります。

医学は科学と結びつくことで、人類の生命を守るという役割を十全に果たせる可能性の条件を手に入れたと解釈できるでしょう。

では科学とは何か?

このテーマで膨大な議論があって、ここでその全てについて触れることはできないです
から、今回はモダニズム(客観主義、還元主義、機械論的世界観)、ポストモダニズム(構成主義、システム論、生命論的世界観)という切り口から大きな展望を示します。

モダニズムと一言で表しても、いろんな立場があるのですが、人間(主観)とは独立した世界(客観)があるという前提は共有しているといって良いでしょう。

これを基底で支えているのが、客観主義でこれはフッサールが『危機書』で指摘したようにギリシャ哲学時代からずっとある素朴な視点です。

客観主義をベースにすると、観察事実の積み重ねから何らかの法則を抽出しいくことで最終的に世界の真理に到達できることになります。

還元主義は、客観主義を実現する手段の1つです。

これは、世界を有限個の構成要素に分解していくと、非常に単純な法則で世界の説明ができるし、分解した構成要素を統合すると元の世界それ自体に戻すことができるという考え方です。

その帰結として、機械論的世界観がもたらされます。

これは、世界は機械と同じようにできており、分解すると理解したり修理したりできるし、同時に部品の組合せ方ひとつでコントロールすることもできるという世界認識です。
ぼくたち人類は16世紀前後でこういう考え方を発明し、医学や工学などの学問を発展させ、豊かな文明を気づくことができるようになりました。

ところが、よくよく考えると、主観から独立した世界なんて原理的にありえないし、機械のアナロジーでは生きている人間の全体性を把握することもできません。

なので、医学はモダニズム以外の科学論を求めるようになりました。

それがポストモダニズムです。

これはモダニズム以上に複雑な議論が膨大にあるので、なかなか紹介しにくいのですが、ここでは思いきって構成主義、システム論、生命論的世界観という切り口からお話しします。

ポストモダニズムは、その名の通りモダニズムの「次」にくるもので、基本的な論理形式はモダニズムに対するアンチテーゼです。

しかし重要なポイントとして、医学はモダニズムからポストモダニズムにパラダイムをシフトさせたのではなく、モダニズム医学も片手でつかみつつもう一方の手でポストモダニズム医学を手中に収めるという非常にアクロバティックなストラテジーに打ってでた、ということがあります。

つまり医学は、矛盾する哲学を内包しながら発展するという道を選んだといえ、これは非常に成熟した領域の証しだといえるでしょう。

さてポストモダニズムで共有しているであろう仮説を示しますと、世界は人間から独立して存在するのではなく、主体が世界=知識を構成するというものになると考えられます。

構成主義によると、世界は人間によって主体的に構成されるものであり、知識は世界と人間の相互作用を通して構築されるものであると理解できます。

構成主義にも社会的構築主義やラディカル構成主義などいろんな立場があって、それぞれ対立する学説があったりもするのですが、思いきって示すとそういう考え方であると言えるでしょう。

システム論は構成主義の手段のひとつとして位置づけることができ、世界を構成要素に分解して理解・制御するのではなく、構成要素間の関係性として記述していくところに特徴があります。

システム論にも一般システム論、ダイナミックシステム論、オートポイエーシス、内部観測などいろいろあり、なかなか厄介なんですけども、生きている人間は自ら能動的に組織しており、客観と主観を包括する方法であるという点はおそらく共通しているだろうと思います。

その帰結として、生命論的世界観がやってくることになります。

これは、世界も人間も生きているシステムであり、それら自体が自身の形態・秩序を生成・維持しているという考え方です。

生命論的世界観をベースにすると、人間は多数の部品に分解できる機械などではなく、世界と人間が相互作用しつつ、人間自らもそのシステムを生成する存在だということになります。

ポストモダニズムの立場にたつと、医学は患者固有の世界を理解しないとはじまらないので、語りに耳を傾けて患者の世界観によりそった実践を行う必要があるという話になります。

でもこれにもいろいろ問題があることがわかってきました。

例えば、客観がないなら何をもって妥当であると判断できるのかわかない、とか、患者の主観のみ尊重していてもよい医療ができるわけではない、などいろんな課題がでてきたわけです。

もう少しメタな議論を行うと、医学はモダニズムとポストモダニズムというメタ理論的対立が避けられない科学論を内包しているので、根源から信念対立が生じてしまうという問題もあります。

信念対立は、それが生じる論理階型のままでは解けない問題ですから、論理階型の水準を切り替えた科学論が必要だという話になります。

そこで、メタ理論的対立(=信念対立)の克服をモチーフにした第三の科学論に着目していくことになります。




これもいろいろあるのですが、ここでは実証主義、プラグマティズム、構造構成主義という3つの立場を紹介します。

ぼくは構造構成主義を武器にしているので、最後は構造構成主義の利点に話がおよぶわけですが、その利点を理解するためには実証主義、プラグマティズムの議論を経由しておく必要があります。

実証主義は、帰納法を前提にするためにモダニズムのひとつとして扱われることが多いですけど、提唱者のコントの議論をちゃんとみると、実は唯物論と唯心論の対立を克服することがテーマになっていることがわかります。

コントの議論はなかなかバランス感覚がよくて、実証主義は人間や世界の法則を帰納的に明らかにしていくけども、それは絶対に正しい客観的真理などでは決してなく、あくまでも相対的なものに過ぎないと明確に論じています。

つまり大きく示すと、実証主義は原理的に主観から独立した客観はありえないし、かといって世界は主観のみで構成されるわけでもないという立場に立ちつつ、観察事実の積み重ねから相対的で安定した法則が抽出していく、という立場を鮮明に示しているのです。
これはメタ理論的対立(=信念対立)の克服を良い線で攻めていますが、先に述べたように結局帰納を前提にしているのでモダニズムに荷担した理路になっています。

次にプラグマティズムです。

これは近年になってネオプラグマティズムとして再興していますが、ここでは対立の克服をクリアに打ち出している古典的なプラグマティズムに焦点化します。

古典的なプラグマティズムはパース、ジェームス、デューイを通して体系化されてます。

プラグマティズムと一言でいっても、この3名で主張はかなり異なります。

パースのプラグマティズムは実在仮説をベースに科学的方法のひとつとして展開していきます。

それに対して、ジェームスのプラグマティズムは実在仮説を抜きとりつつ、哲学、科学に加えて宗教などにもプラグマティズムを展開し、特に彼がプラグマティズムのモチーフは対立の克服であると掲げています。

デューイのプラグマティズムは、ジェームスのプラグマティズムの基本骨格を継承しつつ、教育、政治、社会などといた現実の対立問題に展開していったところに特徴がありま
す。

その他、お三方で色んな違いがあるんですけど、共通点もあってそれは、科学は問題の探求を通して解決することであり、その妥当性は実際に役立つかどうかで決まる、という考え方です。

つまりプラグマティズムは「実用的価値」を第一義的に尊重しているのです。

例えばプラグマティズムは、世の中にはいろんな宗教があるけども、そのどれにおいても信じる人を救うならばよいではないか、というスタンスを展開します。

問題は、その実用的価値を判断する基準がないという点です。

つまりプラグマティズムが、結果として役立つならよいというならば、それは何をもって結果として役立ったと判断できるのか、という点がよくわからないのです。

ネオプラグマティズムは相対主義を積極的に引き受け、ポストモダニズムの文脈に回収される議論を展開しますが、これは実用的価値の重要性を掲げるプラグマティズムがそれを基礎づける理路を積極的にもとうとしなかったところに引っ張られていると言えるでしょう。

次に構造構成主義です。

これによると、科学とは、現象を関心相関的に構造化し、その過程を開示する営為であり、科学の妥当性は過程を吟味すれば判断できる、とさしあたり示すことができます。

構造構成主義の科学論は、学問の信念対立を解くという目的のもと、疑っても疑いきれない理路で基礎づけるかたちで構築されています。

もちろん、構造構成主義にも概念の整理が不十分とか理路の整備が行き届いていないところなど課題がいろいろあります。

でも科学論に関して言えば、おおよそ科学をめぐる信念対立の克服はできる理路になっているだろうという理解で落ち着いているといえるでしょう。

さて、この学説では、科学で生みだされる知見は何らかの契機のもとで志向を通して構成された構造だと位置づけられ、いつでもどこでも成立するようなものではない、という理解になります。

ぼくたちは、医学は構造構成主義を基盤にすると、モダニズムとポストモダニズムを有効活用でき、より有益な医学の知見が得られると考えています。

そのことは、統計学の発展で注目されているベイズ主義との相性がよさでも理解できます。

とここで時間切れ><。

主な文献は以下の通りです。
  • 京極真:構造構成的医療論の構想,次世代医療の原理.構造構成主義研究1,104-127,2007
  • 京極真:構造構成的医療論(SCHC)とその実践,構造構成主義で未来の医療はこう変わる.看護学雑誌71(8),698-704,2007
  • 菅村玄二・春木 豊:人間科学のメタ理論 ヒューマンサイエンス リサーチ10,287-299,2001.
  • フッサール E(細谷恒夫、木田元・訳):ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学.中央公論社,1995
  • パーカー S(千葉喜久枝・訳):医療の歴史.創元社,2016
  • Mahoney, M. J. (2003). Constructive psychotherapy: Practices, processes, and personal revolutions. New York: Guilford.
  • 西條剛央:構造構成主義とは何か.北大路書房,2005
  • 西條剛央:研究以前のモンダイ.医学書院,2009