苦情にどう向きあうか



苦情対応は悩ましい問題です。

先日も除夜の鐘が苦情で中止になるケースが報道されていました。

餅つきは不衛生だから禁止だし、マンション内の挨拶もダメだし、子どもの声がうるさいから公園で遊ぶのも制限されるし、いったい誰がこんな息苦しい社会を望んでいるのでしょうか。

ぼくとしては、一部のクレーマーの意見に対して、過剰に対応しすぎていると感じています。

一部のクレーマーに対して過剰反応し続けていたら、そのうち花見も、花火大会も、お盆も、クリスマスも、初詣もぜ〜んぶ中止になっちゃうかもしれないよ。

そういう社会のどこが楽しいのかね。


もちろん、ぼくたちには苦情を言う自由があります。

また、苦情が妥当なケースも多いでしょう。

しかしだからといって、一部のクレーマーに過適応した社会を作ることは妥当とは言えません。

また苦情ばかり言う人は、他人の首を絞めているつもりが、自分の首を絞めていた、となる可能性を考慮したほうが良いです。

自由なんてとてももろいもんですから。

クレーマーの権利を擁護しつつ、しょうもない苦情には「つまらないことでつべこべ言うな」、アホな苦情には「バカも休み休みに言え」、的外れな苦情には「言っていること間違っているよ」としっかり指摘できる社会が健全ではないでしょうか。