作業療法の意味の中心を理解できる教育



何のための手工芸なのか、を理解しつつ勉強してほしい。

今日、学部の基礎作業学の講義を見学しました。

学生たちは、講義で紹介されるさまざまな手工芸に関心を示しながら熱心に勉強していました。

学生たちに「手工芸は使い方によっては楽しみにもなるし、症状の緩和にもつながるんやで」などと伝えると、だいたいの人がその奥行きに心引かれるようでした。

ぼくが、作業療法における手工芸の意味をつかめたのは働きはじめてからです。

手指の巧緻性を高める、集中力の向上につながる、気晴らしになる、などいろいろな効用はもちろん習いました。

しかしそれにとどまらない、手工芸が人間の人間性を支えるという視点は、自分で研究することによって理解できました。




それによって、「作業的存在としての人間」という仰々しい表現もすっとなじんだ感覚がやってきました。

ぼくが直接関われる学生たちには、在学中から作業のもっとも中心的な意味に触れてほしいなぁと思います。

作業って何だろう?

何のために手工芸しているんだろう?

という悩みに苦しんでいる作業療法士が少なからずいます。

もちろん、その悩みには意味があることだけども、今後の発展を考えると、そういうことで悩むよりもクライエントの治療のことで悩む作業療法士が増えてほしい。

作業という着眼点の素晴らしさは、学部教育でしっかり伝えられる教員が大勢誕生してほしい。

学生たちが作業の、作業療法の意味の中心を確実に理解できる教育を提供したい。

今日の講義の見学で学生たちの表情を見ると、改めてそういう熱い想いになったのでした。

ちゃんちゃん♫