時間も金も



こころ楽しく生きるためには、時間も金もどちらも大切です。

時間とは生きられる期限です。

だから、時間と生命はほぼ等価です。

わたしの生命はひとつしかなく、かけがえのないものです。

したがって、わたしにとって生命=時間以上に大切なものはない、と感じることになります。

ところが、現状の社会システムを前提にする限りにおいては、生命を維持するためにはお金が必要です。

いくつかの研究で年収が500万円を超えると、それ以上いくら稼いでも幸福感に差が出ないと報告されています。

年収が500万円以上になると、ふつーに生活しているぶんには金に困ることがない。

そーゆー世界にいると、本当に金がない人たちが、金がないという理由で自身の生命を維持することすら極めて厳しい、という世界があることに気づけなくなります。

例えば、金がなければ、

  • 飯が食えず生命が維持できない
  • 電気、ガス、水道がとまって生命の維持が困難になる
  • 病気になったときに必要な治療が受けられない
  • 障害をもったときに必要な生活支援が受けられない

といった状態に陥ります。

しかし、そーゆー世界は、ぼくたちのすぐ隣にあるにも関わらず、一定の金がある人はその存在に気づけない。

生活保護という手段はありますけど、それも税金という金があってこその話です。




金がなくてもどーにでもなると本気で思っている人は、一度ダンボールひとつで一冬越してみればよいです。

社会のもっとも厳しいところで生きざるを得ない人びとの暮らしは、金があれば解決できる問題がたくさんあるけど、それがないがゆえにどーしようもない状態が続いています。

それは想像を絶する苦しさです。

そーゆー人たちの生命と生活の維持が可能になる条件が整いやすくするには、稼げるひとがどんどん稼ぐ。

現状の社会システムは、そーなってます。

ぼくたち人間がこころ楽しく生きるためには、「時間か金か」ではなく「時間も金も」もどっちも大切なのです。

現状の社会システムを前提にする限りは、どちらも生命の維持に欠かせないからです。

こころ楽しく生きるためには、この気づきが大切であると強調しておきましょう。