誰でも失敗する



人間は誰でも失敗します。

天才の人も、秀才の人も、凡庸の人も、努力の人も、怠惰の人も、変態の人も、です。

例えば、メールの宛先を間違える、事務書類の記載ミスがある、ダブルブッキングする、名前を呼び間違える、勘違いする、などなど。

こーゆーことは誰でもやりかねない失敗です。

また、人の命を預かる現場では、1つのミスが命のやりとりに発展することもあります。

誰でも失敗するのに、その深刻度は状況によって変わるわけです。

なので、失敗を前提にしていないシステムは、遅かれ早かれ破綻します。

するんです。

ではどーしたらよいか。




これは様々な失敗に関する研究で指摘されていることですが、システムとしては、失敗した人個人を責めるのではなく、人間をとりまく構造の問題として失敗を解明する、ことが重要になります。

つまり、ぼくたち人間は、いかなる構造のもとにおかれると失敗の確率を高めるか、を問い、その構造を改善していくようにするわけです。

加えて、ぼくたちの認識レベルでは、兎にも角にも「どんな人でも大なり小なり失敗する」という法則を常識化しておく必要があります。

この認識がないと、失敗が発生すると個人を責めてしまい、結果として事態の改善につながらないことになるからです。

それは本末転倒です。

だから、認識レベルから変える必要があるのです。

繰り返しますが、人間は誰でも失敗します。

だからこそ、いかなる構造のもとで失敗の確率があがるか、を問うていきましょう。