権威の所在



哲学によって権威の所在は変わってきます。

以下の文献を参考にしつつ、独裁主義と民主主義を対比しながら簡単に整理しておきましょう。



独裁主義の権威の所在は、一握りの人びとにあります。

それは、国王かもしれないし、皮肉なことに民主的な手続で選ばれた政治家たちかもしれません。

いずれにしても独裁主義において、権威の所在は一握りの人びとであり、権威をもつ者が多くの一般人を支配するという構図にあります。

文明が発達する前は、権威者たちは露骨に人びとを蹂躙してきました。

しかし文明が発達するにしたがって、いろいろな建前(愛国心、繁栄、道徳、忠誠心など)のもとに権威者が一般人を支配するようになりました。

だから、権威者が「国のため」とか「国家の繁栄のため」とか「道徳心を高めるため」とか言い出したらちょっとヤバいと感じた方がよいです。

では、民主主義における権威の所在はどこにあるのか。




結論から言えば、それは一般の国民にあります。

もちろん、民主主義では多数決で選ばれた政治家が、国家の運営に直に関わっていきます。

だから、民主主義では政治家のように選ばれし者が、権威者かのようにみえるかもしれません。

でもそれは違うんです。

選ばれし者を選んでいるのが一般の国民である以上、民主主義における権威の所在はわたしたちふつーの国民にあるのです。

だから、民主主義における政治は、マジョリティのためだけでなく、マイノリティを含めたすべての人間の利益の最大化のために機能しなきゃお話にならない。

本来の民主主義は、人種や宗教で国民を選別するようなものでは決してありません。

そーゆーのは、民主主義の仮面をかぶった独裁主義です。

国家は一般の国民が幸せに生きるための道具に過ぎないのです。

この民主主義の基本は忘れないようにしましょう。