睡眠は作業なのか?



作業の分類はいろいろあります。

作業療法の哲学を提唱したアドルフ・マイヤーは、作業には仕事・遊び・休息・睡眠があると論じました。

マイヤーらの初期型作業療法を現代化する流れを作ったマリー・ライリーは、作業を仕事・遊び・レジャー・セルフケアに整理しました。

カナダ作業療法士協会はそれを生産活動・レジャー・セルフケアに分類しています。

他にもいろいろあるのですが、以下の文献でも指摘されているように、このうち作業に「睡眠」それ自体を含めることに関しては実のところ議論の余地があると考えられています。

つまり、「睡眠は作業なのか?」と問われたら賛否が分かれるというわけです。


その理由はなにか?




結論をいえば、作業は通常、人間行動と同等であると位置づけられているからです。

例えば、日本作業療法士協会は「食べたり、入浴したり、人の日常生活に関わるすべての諸活動を『作業』と呼んでいます」と紹介しています。


ここには、作業は日常で行われる行動と同等の意味が込められています。

睡眠それ自体は行動しているっぽくみえないので、それを作業に位置づけるかどうかで議論が分かれることがあるわけです。

しかし、これは作業を極めて限局的に取り過ぎている、とぼくは考えています。

作業(occupation)という概念のルーツをとことん掘り下げていくと、作業とは人間の経験であるという答えにたどりつきます。

哲学的な論証過程は、ぼくたちが今後だす文献にゆずりますけど、結論だけ先取りしておくとこの解は極めて原理的です。

睡眠は、行動しているようにみえようがみえまいが、何らかのかたちでぼくたちはそれを経験しています。

そう考えると、これを作業に含めることは論理的にも実践的にも議論の余地がありません。

なので、「睡眠は作業なのか?」と問われたら、「作業ですよ」と答えるようにしましょう。

原理的には、そう答えることがおそらく妥当だからです。