専門性の先鋭化は諸刃の剣



ぼくは作業療法士かつ博士(作業療法学)なので、作業となにか、作業療法とはどうであったらよいのか、をよく考えています。

他方、ぼくは信念対立解明アプローチの開発者でもあるので、このように専門性の発揮にこだわることのデメリットもよく考えています。

多職種連携について考える場合、「専門性の発揮にこだわるべきか」「専門性にこだわらず、目の前の仕事を協力して行うべきか」という対立図式から議論がはじまるときがあります。

たとえば、作業療法士は「生活の充実をサポートする」、理学療法士は「身体機能の回復を後押しする」、臨床心理士は「心のケアを行う」、医師は「治療全体の総括を行う」、看護師は「心身のケアを行う」などの専門性が十分に発揮されると、それぞれの職種がチームに貢献しているという実感をもちやすくなります。

そうすると、各職種の機能性がアップするぶん、多職種連携の効率性は向上することはほぼ間違いないでしょう。


だけども、各職種の専門性が先鋭化することから、専門性があいまいなグレーゾーンに存在する仕事をできるだけ避けたくなる力動が発生することになります。

たとえば,病棟からリハビリ室まで患者さんを送迎するような仕事。



専門性が明確化された状態であると、それを「専門職として価値のない仕事をやっている」と嫌がる個人・集団がどこかで表れます。

これは信念対立解明アプローチ研究やっていると、ほんとよくありがちだと感じます。

このような状態になると、専門性に照らして価値の低い仕事の押しつけあい=信念対立の一種が起こることも、それほど遠い話ではなくなります。

つまり、多職種連携にかかわる各職種の専門性が明示化されると、チームに貢献しやすくなるのでうまくいくことがあります。

同時にそれは、専門性という価値規範にかなわない仕事の避けあうという力動をもたらすため、結果として多職種連携の機能性・効率性の低下をまねくという関係にむすびつくのです。

信念対立解明アプローチから考えると、多職種連携について検討する場合は「専門性の発揮にこだわるべきか」「専門性にこだわらず,目の前の仕事を協力して行うべきか」という二項対立的な発想から抜けだす必要があります。

この発想から議論がスタートしている限りにおいて、上記の悩ましい問題から抜けだすことができないためです。

このことに気づけない限り、多職種連携は「砂上の楼閣」であり続けることでしょう。

ちなみに、専門性の発揮と多職種連携をバランス良く行う理論が、寺岡睦さんとぼくで開発を進めるOBP2.0です。

OBP2.0はなかなか良くできた理論で、研究論文がすでにいくつかでているので関心がある人はぜひお読みくださいませ。