隣の芝生は青い症候群



右肩下がりの社会構造のうちで生きていると、基本的に隣の芝が青くみえがちになります。

そーゆー社会は努力が報われにくく、努力にみあった成果が感じがたいものです。

なので、どーしても現状に不満をおぼえることになります。

すると、自分が今いる場所を低く見積もりつつ、他に良い場所はないかという関心をもってしまいます。

こーした視点で世界をながめると、どーしたって隣の芝が青くみえるのです。

でも、いまいる場所をはなれたって、右肩下がりの社会構造から抜けられるわけではないので、新天地にうつってしばらくしたら再び隣の芝が青くみえてきます。

構造上これはしかたがない部分はあるものの、そこから抜けださない限りは現状を変えることはできません。

右肩下がりの社会構造の悪循環は隣の芝が青くみえることとセットで成立しているからです。

ではどーしたらよいか。




社会構造上の問題をベースにしているので、これといった対策があるわけではないですけどもとりあえず、今いるところでベターなパフォーマンスを発揮し続ける努力を行うとよいはずです。

隣の芝が青くみえちゃったら「あーうらやましいなぁ」と思いつつも、さしあたりいまできることはしっかり行う。

小さな課題の積み重ねでもよいので、ちゃんとやっていく。

青い芝に移ったら頑張ろうという発想でいると、構造的に次から次へと隣の芝が青くみえちゃいかねないので、いつまでたってもベターなパフォーマンスを発揮できずに鬼籍の人になっちゃいかねません。

右肩下がりの社会構造のなかで生きていれば、努力が報われないという体験がデフォルトになっちゃいますから、どーしても隣の芝が青くみちゃいがちです。

その気持ちは痛いほどよくわかる。

けど、とりあえず今いるところでやれることを積み重ねないと小さな希望すらつかめません。

嫌になっちゃうこともたくさんあるけど、しぶとく生きぬきましょう。