人間は道具化してはいけない




不幸が生じる要因のひとつは、目的を達成するための手段として人間を利用したところにあります。


方法は、目的達成のために柔軟に最適化する必要があります。

しかし、それは人間を手段のひとつとして利用してよい理由にはなりません。

それを認めると、特攻やナチスの人体実験などのように、人間の尊厳を根底から破壊するような信じがたい悲劇を生むからです。

そこまでいかなくても、目的を達成するために人を利用していたら信頼を失います。

人間はみな生きたいように生きたいですし、それはお互いに承認しあう必要があります。

人間が人間らしく生きるためには、これは譲歩できないところです。




目的達成の手段として人間を利用することは、これを否定します。

そうはいっても、社会はいろいろ複雑ですから、目的達成のために人間を利用せざるを得ないときもあります。

目的を達成するために人間を利用するときは、利用された人間のwell-beingが向上するこ
と、を死守する必要があるわけです。

この場合、その人の人生の質を満たすことに通じるため、単に手段として利用したことにはなりません。

実はこの考え方は、カントの道徳哲学と同型です(少々意訳していますが)。

晩年カントは、世界の永遠平和の条件を考え抜いただけあって、特攻のような悲劇を二度と引きおこさないために役立つ考え方を提案してくれています。

世の中にはやって良いことと悪いことが、確かにある。