生き方の問題と作業



どんな人生になるかは運、作業、健康、時代などによって規定されるでしょう。

そのうち、自身の努力でどーにかなりそーなのは、作業だけです。

厳密に言えば、ちょっとビミョーなのだけどw。

さて、作業は「すること」であり、仕事・遊び・日課・休息で構成されています。

どう仕事し、どう遊ぶか。

日々の日課はどう行い、どうやって休むか。

これらは、すべて自分で決められるわけではないけども、他方で自分で決められるところも多々あります。

生き方の問題に取り組むには、作業を考えることがさしあたり妥当です。

例えば、研究者としてやっていきたいと考えていたら、兎にも角にも研究し続けるしかありません。

具体的には、暇さえあれば、研究基礎論を勉強する、研究計画を立てる、実際にデータをとる、データ解析する、ディスカッションする、研究論文や著書などの著作を書く、研究費獲得のための戦略を練る、などに取り組む。




これらの作業に対して、友だちと遊びに行く、余暇活動で休日を埋めてしまう、飲み会ばかりやっている、隙間時間に同僚と雑談ばかりしている、などが優先されはじめると、研究者として生きるという目標は遠のくばかりです。

その努力の果てに、研究者のポストが手に入る保証はないです。

けど、これらの作業を最優先で取り組まないと研究できないし、ライバルたちにあっという間に追い抜かれます。

研究界はとても過酷なので、ちょっとした気の緩みが可能性を奪うことになるから、そーゆー作業に優先的に取り組むしかないわけです。

もちろん、これは単に生き方の問題なので、どんな作業で構成するかによって優劣は決まりません。

人それぞれ優先的に行う作業があるのです。

友だちと楽しく生きたい人は、そーした人間関係を優先した作業に取り組むべきです。

のんびり生きたい人は、休息の作業を中心に時間を埋めた方がよいです。

どう生きたいのかは、自分の寿命が明日終わると仮定したときに何をやっていたら後悔が少ないだろうか、という視点をもつと明瞭になります。

そのとき浮かんだ作業が、生き方の問題に直結した作業の可能性があるでしょう。