作業療法教育に哲学を



作業療法教育では、養成校教育でも現職者研修でも、もっとしっかり哲学を教える必要があると考えています。

理由は、作業療法の中核である作業=occupationはもともと哲学発祥の概念であり、哲学の理解なくして作業ならびに作業療法の理解は困難だからです。

哲学を教えることなく、作業療法を根源から理解させようとするのは、畳の上で泳ぐ練習しているようなものです。

ここでいう哲学教育は、ソクラテスやブッタなどからはじまる偉大な哲学者の学説を紹介したり、解釈したりすることではありません。

哲学史の理解はもちろん作業療法の理解を助けますが、それはすでに養成校の教養科目で教えていることです。

そうではなく、作業と作業療法の本質の探究へと直につながる哲学の教育です。




作業療法に直接の設計図を提供している哲学をきちんと学ぶ機会を確保するわけです。

それによって、ぼくたちは、作業とは本来なんなのか、作業療法の誕生は人類にいかなる意味をもつのか、なぜ作業=occupationという概念は職業や占領といった一般的意味から、人間性の基礎であり、その成長と健康に欠かせない基盤であるという意味に拡張されたのか、よい作業療法とはいかなるものなのか、などの意味を自分たちの頭で深く強く理解できるようになるはずです。

これらの問いは、もろもろの作業療法理論を勉強してもなかなか理解が深まりません。

作業療法は哲学ではじまった作業=occupationという概念を、医療・福祉と結びつけることによって発展してきましたから、さまざまな作業療法理論の共通の根である哲学の理解が必要なのです。

そういう養成校教育、現職者研修が行われるようになると、ほんとうの意味で大地にしっかり根をはった作業療法士の育成が行えるようになるのではないでしょうか。

仕組み全体を変えるのは大変なので、ぼくはひとまず本学の学生たちに哲学からしっかり教えて、作業科学、作業療法理論、そして作業療法へと理解していけるように支援します。