作業と生存にかかるニーズ



ぼくたち作業療法士は、適切な作業への参加が健康を促進するという仮説のもとで実践しています。

この仮説は、いかなる理路によって基礎づけることができるでしょうか。

いろんな議論があるんですけど、そのひとつに生物学的観点に着目したものがあります。

作業科学者のウィルコックは、生命体や種の生存に作業が不可欠であると論じています(以下のサイトで全文読めます)。
その理由として、生きるために必要なニーズ(例えば安全の確保、栄養の摂取など)は人びとが何かすることによって満たされるからだ、と指摘されています。

どーゆことか。




例えば、腹が減ったら飯を食う。

あるいは、危険を感じるから逃走する。

こうした生存に関わるニーズを満たすには、作業が必ず媒介します。

するんです。

これが延長していくと、例えば、生きるために、栄養科の高い食物の栽培と料理を行う、気候に適した衣類を製作する、安全で安心な家屋を建設する、生きるために必要な知識と技術を教育する、コミュニティの一員として周囲の人びとと平和に暮らせる関係性を構築する、などが行われるようになります。

これらは、ぼくたち作業療法士にとって馴染みのある「作業」観であり、健康に欠かせないものであるはずです。

例えば、教育はぼくたちに読み書きできる技能を獲得させてくれます。

この技能は、健康維持と健康管理に関連する情報を伝えるための重要な手段になります。

食物の栽培もそうです。

この作業は、ぼくたちに健康状態の維持に必要な栄養をもたらす基盤になります。

ぼくたち人間は、作業への参加を刺激する生物学的ニーズを経験し、それが技能の獲得を促し、能力を発揮する機会につながり、結果として健康を促進するわけです。

上記の文献では、適切な作業への参加が健康を促進するという仮説は、生命体や種を生存させたいというニーズを起点にしても基礎づけることができるよ、と教えてくれます。