新人作業療法士時代に悩んだこと



今年度も多くの作業療法士が誕生しましたね。

皆さんほんとーにおめでとうございます。

ぼく自身の新人作業療法士時代をふり返ると、悩みの多くは意見と価値観のズレや権力のヒエラルキーなどから生じるトラブルでした。

当時は「信念対立」という言葉はまだ医療になく、もちろん信念対立解明アプローチも存在しませんでした。

なので、どー対応したらよいかいまいちよくわかりませんでしたね。

いま思えば、作業療法士養成校で習った知識のなかに、そーしたトラブルに対応したものがなかったので、これまで培ったコミュ力だけが頼りでした。

けど、学生時代に身につけるコミュ力なんて、たかがしれています。

だから、当時は臨床を重ねるたびに、ただただ苦悩を深めるだけといった感じでしたね。

もちろん、作業療法士として臨床にでると信念対立以外にもいろいろ問題はあります。

例えば、如何ともし難い治療困難例でもだえ苦しんだり、自身の臨床力の低さに罪悪感をおぼえたり、理想と現実のギャップで悩んだり、いろいろです。


でも、そうした問題は作業療法というアプローチにつきものです。




そーした葛藤のホールドへの向きあい方も含めて、作業療法なので養成校時代にある程度のトレーニングはできているはずで、ぼく自身も押しつぶされそうになるほど苦悩することはなかったように思います。

でもまぁ、いまでも胸がじくじく痛くなる事例はいろいろあります。


けど、それも含めて作業療法ですから、作業療法士としてやっていくには生涯抱え続けることになると腹をくくっています。

ですが、信念対立には当時からほんとーに消耗しました。

その時代はいろいろ調べても信念対立に特化した方法論がありませんでした。

で、ぼくは「ないなら作ろう!」と決心し、数年後に信念対立解明アプローチを体系化したわけですが、日本で新しい理論を立ち上げること自体が激しい信念対立を生むと知らなかったので、その過程も想定を超えるハードワークでした。

ぼくは当時、「できる!」という根拠のない自信に強く支えられていたので乗り越えられましたけどね。

さて、現代に話を移すと、毎年多くの作業療法士を社会に送りだしていますが、いまの若い臨床家も苦悩の中心は「信念対立」であるように感じています。

頑張って作業療法士になったので、皆さん作業療法というアプローチにつきものの問題に対して苦しみながらもそれなりにふんばれる。

けど、上司と意見があわない、同僚からいじめられる、患者の親戚から激しいクレームをうける、病院の方針が非倫理的で受け入れがたい、などの信念対立にはひどく消耗させられている。

なので、今年、新人作業療法士として巣立つ人たちの中にも、ぼくが新人時代に悩んだことで苦しむ人が少なからずいるでしょう。

そーゆーときに、信念対立解明アプローチが少しでも役立てばなぁと、この時期になるとほろ苦い思い出とともにいつもそう願うのでした。