役に立つとはどういうことか



作業療法は実践の学であり、哲学的基盤にプラグマティズムがあるため、「役に立つかどうか」という問いがたびたび投げかけられます。

その後に、役に立つならば、それはよい理論、よい評価、よい治療であって、逆に役に立たないならば悪い理論、悪い評価、悪い治療だという判断が続きます。

つまり、物事の正否が問いの後に決せられる。

なので、「役に立つかどうか」と問われあたら、どーにかして役に立つという結論を導きたくなるわけです。

でも、そもそも役に立つとはどういうことでしょうか。

役に立つ/役に立たないは価値判断の一種です。




あらゆる価値は志向性に相関的に規定される、という原理は近代哲学から現代哲学にかけて鍛えられてきた公準です。

だから「役に立つかどうか」という問いにはすべて「〜にとって」という条件とセットで成立しています。

具体的に言えば、この問いを発する人は「クライエントにとって」「私にとって」「私たちにとって」「作業療法士にとって」それが「役に立つかどうか」を問うているのです。

ここから導ける答えは、この問いに対する解答には一般解がなく、常にある立場にとってそれが役に立つ/役に立たないという話になるわけです。

なので、「役に立つかどうか」と問われたら、相手がどーゆー観点や関心からそう問うているのかに配慮したうえで解答する必要があります。

もし、一方的に「〇〇は役に立たない」と決めつけられたら、「あなたにとっては、役に立たないんですね」とお返ししつつ、どーゆー立場なら役立つと言えるのかを説明するようにしましょう。

それでも話が通じないときは、そっと通り過ぎましょう。